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18歳以上ですか?
西尾にしおりをはさみました!
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西尾
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「 感謝? うぬぼれ? どうして、本気でそんなことが言えるの?
何かを好きになるのが、どれだけ、特別なことか……!
どれだけ、特殊な才能が必要な、恵まれたことなのか!
あなたが今台無しにしたそれだって、そのほんのわずかな、特別の好きだったのに」
好きな物が、固着されない人って、どんな気持ちだと思う?
説明するのは難しいね。
空が、水が、星が、大地が、今、歩いていることが、存在が。
それは壮大な意味じゃなくって。人間的概念の枠組みに入り込めないというのかな。
――心が、皮膚や神経刺激の集合体って考えは知っているかい?
彼らの心は普通とは違うんだ。
だから、地球に居る中の一人を選ぶのがすごくすごく難しい。
ひとつひとつを好きになることが、すごくすごく難しい。
今やったことはそれを、強引に、君一人に、強制してしまったんだ。
だから、訳がわからなくなって、恐ろしいものがたくさん見えて、困ってしまう。集約されてしまうからだ。
「君には、何かを好きになる才能があるんだね。それは、良いことだ。
だが、特別なことなんだ。
それは決して、冗談では済まされない。
これが理不尽に感じるかい? それこそ自分の気持ちが台無しに感じる? それなら、きっぱりと離れたほうが君の為だ。本当に、切実に、ね。
色にも、いろいろとあってね、そのたびに、辛い思いをしてきた……
この事務所だってやっぱり彼が居たほうが良いからね――――」
「お待たせ―!」
ちょっとの間待って、それからキッチンに通される。橋引が笑顔で呼びに来てくれた。
テーブルを二つくっ付けた大きなテーブル。12人くらい座れそうなやつが部屋に無理矢理置かれて、結構な面積を占領。その前面にキッチンスペースがあり、横面には、質のよさそうな木製の食器棚が並んでいる。
「ぶりの照り焼きって久々に作ったなー、どうだ?」
席のひとつについて、色の方を見ると、箸をくわえたまま、何とも言えない感じで固まっていた。
うーん、よくわからない。
「美味しいわよ」
正面の席に居るゆうこさんからは合格がもらえたのでひとまず喜んでおく。
「年ごろの男の子たちが、彼女とか居ないの?」
玲奈がはしゃぎながら、ご飯の上に照り焼きを乗せる。
俺も照り焼きを食べてみたが我ながらなかなかの出来だ。
「ほら、そうやっていつも怒ってるから、西尾さんの方が支持したくなるのよ。美味しいとか言ったら?」
はぁー、とゆうこさんの大きなため息。
色はやっぱりぼんやりしていた。
「ゆうこさんが食べたいって、言ったんだし、ゆうこさんがぶりの照り焼き食べてくれれば俺は別に」
橋引は、私も居るんですけどねぇ!
と、これこそ苛立っている。
「ねぇ! どうして笑わないの? 本当にさ、あ。そう……その話。西尾さんにまたお金貸したから。今回はその報告」
「またですかぁ? それ事務所のお金でしょ?」
橋引がダンッ、とテーブルを叩く。
「私のお金でも、あるじゃない?」
ゆうこさんは得意気に笑った。
──でも、それは、今にも削られ続けている『命』だ。
そして、からっぽの心を、更に、自分たちを好きになるように、笑うようにというパワハラで支配する。
「これからは特異なことも、得意になって行かないとね! って、新しい西尾の作品には必要なのよ」
ゆうこさんは芸術家の西尾さんに入れ込んで、個人の感情だけで、プライベートまで占領する勢いで貢いでいる。
自分たちが支払ったものが、なにかわかっていて、無茶な要求をするのだ。
支持したくなるだとかそういう問題じゃない。
あんたたちが……そうやって金遣いが荒いから、代わりに、なくなって行くのに。
「西尾が笑えるのは、粘れているからでしょ」
「玲奈はどっちでもいいよ。放火、虐待、殺人、結局、いい作品にはそれくらい必要だもん。あのドラム缶に詰めて女の子焼いたのとかああいうの隠してるのが魅力なの。
それで、笑顔で粘れて居るから、サイコで、イカれてて好き!」
そういう見方もあるのか……
過去に、ドラム缶に女性を入れて燃やすという殺人事件が起きている。動機は特になく、目についたから誘拐したというもので、暴力団絡みだった。そのとき、背後に西尾が関わっている噂が事務所界隈だけで流れたのだが、大作家に泥を塗れない為、俺たちの内部情報だ。
ガタッっと、色が席を立つ。
テーブルにおかれていた粘土の置物を見ていたようだった。
「どうした? ──あっ!」
そして席を離れて部屋を出ていってしまった。
「粘土だなんて、駄目だよ、そんな」
「なんでよ? 西尾さんがせっかく……」
橋引に言われて、
はぁーあー、とため息をつきながらゆうこさんが花瓶?を片付ける。
橋引の事情はよく知らないが、
ゆうこさんですらしぶしぶ従わざるを得ないのも、事務所がやや色に甘いのも、なにも彼が優秀だからというだけではない。
あの事務所のなかでは一番、
命を、さまざまなものを犠牲に差し出しているから。
(2022年1月23日2時29分 加筆)
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