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渡辺くんの危惧。にしおりをはさみました!
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渡辺くんの危惧。
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***
艮くんは雛だ。
言わば生まれたて。純粋無垢で穢れを知らない赤ン坊。赤ン坊は本能で生きている。まだ本能だけで生きている。艮くんは雛だ。刷り込みは、まだ。
「…いねえな」
「だね」
寂れた商店街の端にある小さなベンチに腰掛けて三時間。艮くんのお目当ては全く姿を現さなかった。お目当てどころか人自体も通らない。三時間待って通ったのは今のところお婆さんが五人。
「この辺の学生じゃねえのかよ」
「まあ、見慣れない制服だったしね」
「まさか県外てこたねえよな…」
「あり得ないことではないね」
「マジかよ」
はあ、と大袈裟なため息をつきベンチの背もたれに寄りかかった艮くんはそのまま大口開けて目を閉じた。まるで暑さにダレた犬だ。しかし待つことに関しては犬より我慢が効かないらしい。
「…帰る?」
初めから気乗りはしていなかったのでその言葉はすんなりと出た。
「あー、いや…んー………」
目を閉じたまま眉間にシワだけ寄せて返事とは言えない言葉を羅列する艮くん。ハッキリしないその口に悪戯でもしたくなる。
「いや…待つ。先に帰ってもいいぞ」
「まさか」
気乗りはしないけど艮くんを一人で鬼に会わす気はさらさらない。
「心配しねえでも玄は何にもしねえよ」
艮くんがそう言った。
「…随分と信頼してるね」
「まあ勘だけど」
直感は怖いものだ。意思とは関係のなく身体がそう感じさせるものだから。ときに情や思考より濃い。鬼は絶対数が少ないゆえに同族を重んじると聞いたことはあるけれど、
「…帰ろう」
「だから先に帰っていいって」
「一緒に帰ろう」
胸のあたりがざわざわとする。艮くんが直感で物を言うように、自分もまた身体がそう言っている。血が騒つく。
艮くんは雛だ。
解っていたことだろう。解っていた。けれどこんなに不安になるなんて。
「…なんだよ、どうした」
急なことに艮くんは目を丸くしてそこから動けないでいた。仕切りに「なぜなに」を繰り返して僕のほうを見ている。そのあどけない表情が生まれたて其の物で、
「…嫌な予感がするんだ」
これも直感だ。ただの、直感。
「…敵同士だからか」
違う。そうゆうことじゃない。そんなことは覚悟していた。だからこれはもっと別の、覚悟していなかったこと。つまり僕の話でなく艮くんの…、
「だらしのねェヤツら」
背後から声がした。あまりにも突然で気配の無かったそれに反応することが出来ず無防備にも背中を晒したまま動けなかった。眼前の艮くんも同じ。
「本当にコレかァ?玄」
「…間違いない」
「ちっ」
やっと動けたその身体で背のほうを向くとお目当てだった長身の男がそこに立っていた。ぼんやりとした眼に攻撃的な感情は一切見えない。むしろピリピリとした空気を醸し出しているのは。
「ボサっと突っ立ってんじゃねェよ」
隣にちまっと立ってる男。
それはまるでお人形のようだった。身長はきちんと人並みにある。といっても160㌢くらいだろうか。人形みたいに目鼻立ち顔の整った可愛らしい子。その子がこちらを向いて、暴言を吐いている。
「……」
「お久しぶりです…艮さん」
「…は…じめ、」
名前を呼ばれてやっと艮くんの口が開いた。
「すみません…二人で来て」
艮くんも僕も呆気にとられてるのはソコではない。けど、男は気にせずそのまま続ける。
「でも…今回は彼の力が必要だと思いまして」
「…今回?」
「もちろん…フェロモン抑制の、です」
言い当てられた艮くんの目がまん丸くなった。
「勉強…したいんですよね?」
「…」
「覚ならきっと…ご要望に応えられます」
「…サトル…?」
眠たそうな眼が隣の男に注がれた。
「小角覚…俺の双子の兄で、」
男がふと僕を見た。
「…前鬼の子孫です」
その視線はゆっくりと窺うように向けられて…。やっぱり帰れば良かったと心底思った。だから直感はバカに出来ないのだ。血は正直。
「…ゼンキ?」
「名のある鬼です。…それなりに」
「へえ」
何も知らない艮くんの間の抜けた声だけが耳に残る。
「…ですよね、退治屋さん」
「…」
艮くんは雛だ。
生まれたての雛。
刷り込みは、まだの、雛。
だから怖い。
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