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渡辺くんの危機。にしおりをはさみました!
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渡辺くんの危機。
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***
鬼の継承は代々より口頭伝承だとゆう。
それは徐々に個体数が減少していく彼らの人に混ざり生きる唯一の方法であり、人との争いを避ける静かな解決でもあった。ひっそりと、血を絶やさぬ為に、不確かな血の流れは親から子に伝わりやがて自覚する。
ただひとつの血族を除いて。
「…か、…は…っ、」
息ができない。首元を締め付けられているせいで僅かな隙間からヒューと息の漏れる音だけがする。背中がフェンスに押し付けられて痛い。両手で掴みかかる腕を引き剥がそうとするがうんともすんとも言わない。落ちるまで時間はそうないだろう。死ぬな、と思った。
『…誰だ』
唸るような声が聞こえて見慣れた天然パーマの赤髪から鈍く光る瞳が見えた。目が合った瞬間、バチンと後頭部に電気が走ってドクリと大きく脈打つ。男は笑った。
『綱の一族か…』
返事をしようにも出来なくて霞んでゆく視界の中で男の姿だけを眺めていた。首を圧迫する指の力が強くなる。男が喉仏のあたりを親指で摩った。
『…渡辺綱』
男の表情が読めない。辺りが暗くなる。腕に力が入らない。落ちる寸前だとぼんやり感じる。
『綱』
「…っ、」
「退治屋ァ!」
特段望んでなかった声が微かに聞こえ瞼を開く。目の前に身の丈ほどの刀が振り下ろされて思わず目を瞑り返した。
「グズグズすンな鈍間ァ!」
とんでもない罵声に再び目をあけ前方に受け身を切ると身体が宙に浮いた。気づけば見知った長身の男にお姫様だっこをされている。
「飛べェ!」
その声に弾き飛ばされるようフェンスまで身体が浮き上がって急降下。生ぬるい水に叩きつけられ視界が泡だらけになる。水面上に顔をあげ屋上を見上げた。屋上に無表情のままの男がいた。
「失礼します…!」
ぐいっと腕を引き上げられ再び担ぎ上げられる。必死にその場を離れた。屋上の男はそれ以上追いかけては来なかった。
「襲う相手が違うんじゃない?」
「屁理屈言うと殺すぞ」
知らぬ学校のジャージに着替え濡れた髪の毛を拭きながら、とりあえずそう口を開いた。向こうで同じく髪を乾かしてる小鬼ちゃんが文字通り鬼の形相でこっちを見る。
「馬鹿みたいなもん引き当てやがって」
吐き捨てるように言われ、その"馬鹿みたいなもの"を思い出す。人間離れした怪力と地鳴りのような声。赤髪からのぞいた鈍い眼光。あれは…、
「酒呑童子…ですね」
後ろでしばらく沈黙を守っていた長身の男、小角玄がゆっくりとそう口にした。
「…あれは確かに酒呑童子の気です」
「艮くんは混血のはずでしょ」
「普通の混血ならば親から子へ自分の血筋を口伝されます。それは彼らが弱く退治屋に狙われ易い立場だから。でも…、」
「艮龍美にその必要はなかった」
「退治屋を恐れる必要がなかったからです」
むしろその血筋は隠すべき対象であった。その血は常に命を危機に晒すから。ひっそりと誰にも知られぬところへ。誰にも伝えず。自身すら知らず。密かに子へ。
「それが…酒呑童子の一族です」
悪蛇の血をひく、鬼の始まりの子。
「…貴方、知っていましたね」
「…まさか」
「自覚のない混血と解った時点で気づいていたはずです」
「鬼の事なんて知らないよ」
「白々しいコトこの上ねえがァ…これでハッキリしたな」
小鬼ちゃんが僕を見た。
「手を引け、退治屋。酒呑童子が出てきたとありゃァ、早急な対処が必要だ」
アイツ、死ぬぞ。
その声は冷たくもなく温かくもなく、ただ澄んだ通りの良い声だったので頭に残った。
「意識が飲み込まれた。ヤツはもうヤツじゃなくなる。他の退治屋も気づいただろう。殺される前にオレらが保護する」
他の退治屋に捕まらなくとも放っておけば艮くんは完全に取り込まれてしまうだろう。自分のなかの鬼に巣食われてきっともう二度と戻らない。それは「艮龍美の死」をはっきりと物語っている。
「君たちは鬼だけど立場は僕らと同じだ」
「主は鬼殺しが目的ではありません」
「だけど鬼を飼い殺す」
「死ぬよりはマシだろ」
一生縛られる事になっても、艮くんの意思が戻るならば、死んでしまうよりずっとマシ。誰かに退治されてしまうより、一生使役されたほうがずっとマシ。
「退治屋」
本当に?
「…嫌だ」
「ア?」
「あれは僕の獲物だ。誰にも渡さない」
こっちを見る二人の目が鋭くなる。
「…本気ですか?」
「本気だよ」
「死ぬかもしれないんですよ?」
「僕は退治屋だ。関係ない」
「関係ないって貴方…!」
「やめろ、玄」
小鬼ちゃんが小角玄を引き止める。小角玄は信じられないとゆう顔と侮蔑が入り混じったような複雑な表情を浮かべ、「…見損ないました」そう吐き捨てた。
「変な気ィ起こすな、退治屋。もうテメエの出る幕じゃねェ。退治屋のテメエがヤツにしてやれる事はもうない」
もし本当にそうならば、いっそ、
「この手で殺すよ」
それが退治屋の僕に出来る事だ。
「…オレらを敵に回すぞ」
「最初から敵同士でしょ」
「殺さざるを得なくなる」
「承知のうえ」
借りていたジャージを丁寧に畳んでどちらとのも解らぬ勉強机に置いた。
「それでもやっぱり譲れない」
彼を殺していいのは僕だけだ。
さよなら、と踵を返し部屋を出た。一度だけ引き止める声がしたけれど、それっきりだった。
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