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オレはどうやら、気を失っちゃったらしい。目覚めたら自分の部屋に戻ってて、一瞬訳が分かんなかった。
夢だった? そんな都合のいいことを考えたけど、違うって悟って起き上がる。夢じゃない。夢な訳がない。水の冷たさも部屋の暗さも、地下室に響く水音と笑い声も、何もかも鮮明に覚えてる。
大きな鉄球のついた鎖のことも覚えてる。息が続かない苦しさも。あれが夢な訳がない。
「ツグト君っ!」
叫びながらガバッと身を起こし、被されてた布団を跳ねのける。
ベッドから飛び降り、裸足のまま地下室に戻ろうとすると、窓の方から「なんだ?」って声を掛けられてギョッとした。
振り向いた瞬間バランスを崩して、ふらりとよろめく。床に倒れ込みそうになったけど、それは手首をぐいっと掴まれ、引っ張られて免れた。
オレの手首を掴んでるのは、力強い手の持ち主だ。
黒髪、黒に見えるこげ茶の目、整った顔立ちの精悍な青年。地下室の水底に沈んでたハズの勇者様。
「っ、ツグト君……っ」
呆然として見つめると、ツグト君は苦々しそうに眉をしかめて、「無茶すんな、バカ」ってオレを叱った。
「無茶って」
「無茶だろ。オレは死なねーっつの。そのオレを助けようと、お前が死にそうになってどーすんだ」
「死……」
オレ、ホントに死にそうだったんだろうか? 息が続かなかったのは覚えてるけど、無我夢中でそれどころじゃなかった。ツグト君のことで頭がいっぱいで、それしか考えらんなかった。
あの後、どうなったんだろう?
オレをベッドに座らせて、ツグト君がため息をつき、黒い髪を掻き上げる。その手首にはもう手枷はない。足元を見ると、鉄球もやっぱついてなくて、へなへなと力が抜けた。
「ぶ、無事……」
無事でよかった。それ以上言葉が続かなくて、代わりにぼろっと涙がこぼれる。
「無事じゃねーのはお前だ。オレが抱いて上がってなけりゃ、どうなってたか分かんねーぞ」
ツグト君はそう言って、こつんとゲンコツでオレの頭を軽く小突いた。
どうやら、助けようとしたつもりが逆に助けられたみたい。情けない。
溺れたオレをどうやって助けてくれたのかと思ったら、あのでっかい鉄球を着けたまま、バッと飛び上がったんだっていうから、驚いた。
勇者様にとって、あんな拘束は拘束じゃないんだって。ただ単に水底に沈みたいだけの重しの役割でしかなくて、囚われた訳じゃなかったみたい。
水の中にいたのは、何も聞こえなくするためだったって聞いて、耳を塞いでた姿を思い出す。
ツグト君の望みに、あのイヤミな王族が乗っかっただけで、無理矢理閉じ込められた訳じゃないんだって――そう聞かされたけど、胸の痛みは取れなかった。
「あそこで名前を呼んでくれりゃよかったのに」
ふん、と皮肉気に鼻を鳴らされて、反射的に「イヤだ!」って叫ぶ。
やっぱり、あそこで名前を呼ばなくて正解だった? あのまま呼んでたら、地下のあの空間が閉じて、ホントに封印になっちゃったんだろうか?
真実は分かんないけど、確かめる気にもなれなかった。
あの王族が知ってたんなら、もしかすると口伝で残ってたのかも。けどそれも、わざわざ訊く気にはなれない。ただ、ツグト君を封印するのはイヤだって、それだけしかない。
「ウソつき……」
ぼそっと彼をなじって、こぼれる涙を手でぬぐう。
「どこにも行かないって言ったくせに。ウソつきっ!」
目の前の彼に抱き着いて、力いっぱい抱き締める。ツグト君は抵抗しない。けど、謝りもしない。
「ひとりにしないで……」
ぽつりとこぼすと頭を撫でられ、そっと軽くキスされる。
「けどオレは、人間じゃねぇ」
自嘲めいた言葉に顔を上げると、また皮肉気に唇を歪めてて、カッとなる。
「人間だっ!」
思わず言い返すと首を振られたけど、それでも訂正なんてしたくなかった。
ツグト君は人間だ。確かにスゴイ力を持ってるし、不老不死なのかも知れないけど、ちゃんと体温だってあるし、心もある。
遠巻きにされてイヤな思いもするし、ヒドイ噂に傷付いたりもする。ツグト君はオレみたいに簡単に泣いたりしないけど、だからって化け物な訳じゃない。
「人間だ。信じて……」
ぐしっと泣きながらツグト君にしがみつく。
ツグト君を1番信じてないのは、ツグト君自身かも知れない。だから、胸を張って「人間だ」って言えないのかも知れない。だから……魔王の呪いが解けないままなのかも知れない。
「ツグト君、好き」
しがみついたまま告げると、今度は「ああ」ってうなずかれた。
「一緒に行こう」
「どこへ?」
静かな問いに、「どっかへ」って答える。具体的に目的地がある訳じゃない。けど、ここに居場所がないのはオレも同じだから、だったら外に出ればいい。
おとぎ話の勇者様、伝説の英雄、救国の功労者……。そんな肩書きなんか脱ぎ捨てて、1人のナギサワ=ツグトになって、外に出ればいい。
オレも、そうする。
19番目の末席の王族じゃなくて、直系扱いされない王子でもなくて、1人のルーク=ミッドワルドとして生きたい。臣下じゃなくて平民でいい。ツグト君の側にいたい。
今なら、城を出たお父さんの気持ちも分かる気がした。
「旅に出よう」
行く宛てなんて特にないけど、時間はたっぷりあるんだし、いろんな景色をゆっくり見て回るんでもいい。
馬に乗って駆けてもいいし、自分の足で歩いてもいい。夜は野宿かも知れないけど、オレだって剣は使えるし、猛獣や盗賊なんか怖くない。
オレの誘いにツグト君は小さく笑って、「そーだな」って窓の外に目を向けた。
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