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ボスの正体とペットの正体①にしおりをはさみました!
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ボスの正体とペットの正体①
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どれだけ走ったのか、暗闇の中ではそれもわからない。
車内で口を開く者は誰一人としておらず、怖いくらいの静けさが漂っていた。
というか、目隠しだけで手足を縛られていないのですが、これはなんていうか、完全に舐められてると思っていいのでしょうか。
まあ、3対1なので、たとえ俺がおかしな動きをしても簡単に掴まえられるとタカをくくっているのだろう。
もちろん俺にそんな気は全くありません。
何をされるかわかったもんじゃないので、下手に動けないです。
両サイドがっちり固められてるしね。
うん、別に余裕ぶってるわけじゃないよ。
物凄く怖いよ。
ずっと手の震えは止まらないし、心臓も痛いくらいバクバクしてるし、微動だに出来ないくらいに緊張して手汗の量もハンパないです。
こういう展開に遭いすぎて、慣れてしまってる部分はあるかも知れないけど。
だけどそれも、車が停車して、降りろと言われた瞬間木っ端微塵に吹っ飛んでしまった。
やっぱり慣れてるとか嘘ですごめんなさい。
怖い、怖くてたまらない。
どこのチームの人間に拉致られたのか、またサタンなのか、それともオヤジ犬なのか、はたまたマダラなのか。
腕をがっちり掴まれながらよたよたと歩き、その足が止まった時やっと目隠しが外された。
暗闇から暗闇へ。
辺りは月の光だけで薄暗い。
ドラマとかでよくみる廃れた工場みたいな場所に入れと背中を押されて、つまずきながらも俺は指示に従った。
「連れて来ました」
俺の右隣にいた男が、そう大きな声を張り上げる。
それに一瞬ビクリと肩を震わせながら、奥からゆらりと姿を現したもう一人の存在に俺は釘付けになった。
「ほい、ご苦労さん」
「つか、伊崎さんがわざわざこんな場所まで来なくてもよくないっすか」
「このチビ使って交渉なら、俺らだけでも出来ますよ」
「いいんだよ、逃げ道は確保してあるからもし誰か来たらお前ら頼むぞ」
「うぃす」
見た感じ、輝彦さんと同じくらいの年だと思った。
真っ黒な髪はオールバックで、細身の眼鏡が知的さを漂わせている。
スーツを着こなす姿は様になっていて、何て言うか、チームとかそんなレベルじゃなくて、チンピラとかそんなレベルじゃなくて、相手はもろ、その筋の人だと俺でもわかった。
手だけじゃなくて、足だけじゃなくて、身体だけじゃなくて、俺の全部がカタカタと小さく震えだしたのを他人事のように感じる。
仮に見た目で判断できなかったとしても、出されたその名前で、きっと俺は認識出来ていただろう。
デコピンの声が脳内で再生される。
──玄龍会の伊崎って野郎だ
ボスザルの大切な人をハメた、張本人。
そんな男が、一体俺に何の用があると言うのか。
「武藤くんだったか、悪いが、ちょーっとだけおじさんに協力してもらえるかな」
「………」
「小汚いネズミが俺の周りをウロウロ嗅ぎまわって、鬱陶しいったらねーんだよ。だからさ、頼むよ」
言葉遣いは低姿勢でも、その眼光は当然のように俺の意思など無関係だと黒く揺れている。
何も言えずただ突っ立つしか出来ない俺は、そのまま右隣にいた男に腕を引かれて、更に奥へと連れて行かれた。
怖い。
怖いってもんじゃない。
だってレベルが違うんだ。
仮にボスザルが記憶を失う前でも、こんなモロなヤクザもん、相手に出来るわけがない。
邪魔だと思ったら、簡単にその存在を消してしまえるような人間だ。
敵うわけがないじゃないか。
俺だけじゃなくて、もしかしたらボスザルもデコピンも、危ないんじゃないのか。
割れた窓ガラスから月光が差し込み、辛うじて視界だけは確保できている。
奥もやっぱり砂埃の舞う荒れた場所で、そこにあった寂れた椅子に座らされると、そのまま椅子ごとぐるぐると縄で縛られた。
どうしよう、こんなの、どうしろっていうんだ。
「さて、始めようか」
パン、と両手を鳴らすと、伊崎という男はポケットから携帯を取り出した。
「武藤くん、浅間のガキが交渉に応じなかったら、君、海に沈んでな」
「……は」
「今からさ、このナイフでちょっとずつ君の体を傷つけさせて貰うんだけどね、下手に家に帰して警察沙汰になったら叔父さん困っちゃうわけよ」
何を言っているのか、すぐに理解出来なかった。
「だって君、俺の名前も顔も、知っちゃったわけだからさ?」
「………」
心臓が、本当に一瞬、止まったような気がした。
持っていたナイフが、俺を縄で縛りつけた男に渡される。
叫んで暴れて助けを求めたかったけど、恐怖心に丸呑みされてしまった俺の喉は、何一つ音を出す事を拒んだ。
電話をかけるその様子を、涙越しに見るしか出来ない。
俺はもう、死を覚悟していた。
記憶のないボスザルが、交渉に応じるわけがないと思っていたから。
「伊崎だ」
通じた電話の向こう側から、微かにボスザルの声が聞こえる。
その瞬間、俺の涙腺は崩壊した。
「あん?それはとぼけてんのか」
助けて欲しい。
見捨てないで欲しい。
また、生きてボスザルに会いたい。
「まあいいわ、取り敢えずお前らが握ってるモンこっちに渡せ」
会いたい。
黒く揺れる男の目が、ナイフを持つ者とアイコンタクトを取った。
「ぃ、ああ…っ!」
頬に鋭い痛みが走る。
軽く俺の肌を滑ったそれは、俺の皮膚を綺麗に裂いて血を溢れさせた。
「聞こえるか?お前の大事な大事な武藤くんが今さっきナイフで切られたよ」
頭を垂れて、歯を食いしばる。
傷の深さはわからない。
でも、この男達の本気を知ってしまった俺は、ただもう、心の中でボスザルに助けを求める事しかしなくなっていた。
俺を助ける事で、またボスザルには何かを失わせる事になるのかも知れない。
それでも俺は、命を乞いたい。
痛いからじゃない、怖いからじゃない、ただ死にたくないからじゃない。
ただ、ボスザルに二度と会えなくなるのがイヤだったから。
「まだとぼけるのか」
その声に、本気で身が竦んだ。
「あ、ぃやだ…」
視界の端に、光を反射するナイフがチラつく。
次はどこを切られるのか。
思った瞬間、首の付け根に刃先を当てられ、チクリとした刺激に半分意識が飛ばされたような気がした。
「浅間、さっさとしないと次は動脈切るぞ」
次はと言ったくせに、その刃先は少しずつ肉に食い込んで。
温かい液体が、着ていた服にダラダラと流れて行くのを感じた。
「あー、手元狂って動脈ちょっと傷ついたわ。早く止血しねーと、死ぬぞ?」
痛みはもう、感じなかった。
頬の痛みも、ない。
「そうだよ、それでいいんだよ。今からそっちに──」
満足げな男の声を最後に、俺の五感がゆっくりと遮断されていく。
死ぬのかな、とぼんやり足元を見つめて、俺は瞼を下ろした。
「伊崎さん!!」
「あん?」
「早く車に!!」
「何だよ、サツか」
「いや、誰かわかんないすけど一応…!」
「おいおい、何だよつけられてたのかテメーは!!」
バキっ、とした鈍い音に、俺の瞼が再び持ち上がる。
それから、遠くから誰かが歩いてくるような音が聞こえて、黒目だけをゆっくり動かした。
「玄龍会の伊崎だな」
聞いた事がある声だと思った。
だけど、思い出せない。
もう少し前に来て欲しいのに、俺の斜め後ろで止まるもんだから姿が見えない。
「お前は誰だ。浅間のガキの遣いか」
「アンタ、うちと事構えんのか」
「あん?」
「うちと、事を構えるのかって聞いてるんだ」
「うちってテメーのか。農家と事構えてどうすんだよバカヤロー」
ふっと、バカにしたような笑い声が微かに聞こえる。
けれどすぐにそれもなくなって、辺りはしんと静まり返った。
「関西の浅間組と、事を構える気があるならそのままその子を殺せ」
「……は、何言ってんだテメー」
「浅間拳聖、まあお前は知らないだろうな。浅間という苗字を聞いて、何も思わなかったのか」
「………」
「調べたらすぐにわかるだろう」
「ホラ吹いてんじゃねーぞ…」
「ホラかどうか、確かめたらいい。言っとくが、うちはお前んとこみたいに三下じゃないぞ」
「………」
「というか、勝手に関西の組とモメ事起こしたら、アンタもヤバイだろ」
繰り広げられる会話を、ずっと聞いていたわけじゃない。
意識が遠くなっては自分を奮い立たせて、また落ちかけて、を繰り返している。
それでもその会話の端々に聞こえた、浅間組という言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「この子は連れて帰る。いいな」
近付いてくる気配。
そして俺は、その顔を確認できたと同時に、完全に意識を絶たれた。
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