アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
②にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
②
-
──全部捨てられたら、どんなに楽だろうな
そう言っていたあの人の瞳は、何かに縛られてもがいているように見えた。
今ならわかると思った。
そのどうしようもない苦しみが、確執が、あの人の背負っているモノ全てが──
「拳聖さん、起きましたよ」
目を開くと、俺はベッドの上に横たわっていた。
顔と首に違和感を感じて、そっと手をシーツの中から出してみたけど、動かないで下さいと真城さんにそれを阻まれた。
「世話かけたな。もう帰っていい」
「…はい」
室内の電気は点けられておらず、戸口から差し込む光がその横顔を照らしている。
俺を心配そうに見つめる真城さんが立ち上がるのを見届けた後、俺はもう一度瞼を下ろした。
傷つけられた箇所の痛みは、何故か感じない。
だけど、恐怖心はまだ俺の中に残ったまま。
二人きりにされた室内で、どうしていいのかわからず身動きが取れない。
相手も同じなのか、俺の近くまでゆっくりと歩いたまま、何も言葉を発しなかった。
まだ頭が混乱して、うまく考えもまとまらなくて、だけどこのまま黙っているのも居心地が悪かったから、俺は再び目を開けた。
「お前は、俺の何だ」
視線が重なると同時に、そんな事を質問されて更に頭が混乱する。
隠したって、さっきの今ではもう誤魔化しきれない。
「何でお前を使って俺がゆすられんだ」
立ったまま上から俺を見下ろしているその眉間には皺が寄り、目付きも射るように鋭く光っている。
パシリだと思っていた俺が、犬扱いしていた俺が、自分の中で重要なポジションにいるんだろうという事までは飲み込めているようだった。
もう、隠しても仕方がないと思ったから、俺は口を開いた。
「…ずっと一緒にいました」
「理由は」
「お互いが、そう望んだからです…」
「俺がか」
「…はい」
感じなかった筈の頬の痛みが、今頃になってズキズキと痛み出す。
何て言われるのか怖かった。
拒絶されるのが怖かった。
なかった事にされるのが怖かった。
今のボスザルには、到底理解できない想いである事に変わりはないのだから、受け入れられないとしてもそれは当然の事なんだけど。
それでも、拒否されるのが怖くてたまらなかった。
それならまだ、他の誰かとえっちな事される方がマシだって思えるくらい、それくらい俺は怖くて仕方なかった。
「俺はお前と、どんな関係だったんだ」
「…で、ですから」
「具体的にはっきり言え」
言いながら、ボスザルは俺の顔があるその真横に勢いよく座り込んだ。
そしてベッドに肘をつき、間近で俺にじっと視線を注ぐ。
目付きはまだ鋭いまま。
俺の心臓は、言うまでもなく停止寸前まで追い込まれていた。
「は、はっきりって…」
「俺がお前に言った事とかあんだろ。たとばそれはどんな事だ」
ボスザルが俺に言った事…。
そんなの、いくらでも沢山いっぱいある。
思い出すだけで泣いてしまうような、思い出すだけで胸が苦しくなるような、そんな言葉を俺はボスザルからいっぱいもらった。
それを教えてどうなるのかわからなかったけど、天井を見詰めたまま俺はぽつぽつと話し始めた。
「…ずっと一緒だって言いました」
「後は」
「俺と付き合えって言いました。お前を、傷つけないって言いました。…責任取れよって、…言いました…、っ、全部、全部っ、捨てたって言いました…」
言いながら、頭の中には俺が知ってるボスザルが優しく笑っていた。
熱く深い眼差しで俺をみて、柔らかく微笑んでいる。
隙あらば俺を真っ赤に染め上げて、隙あらずとも俺に口を寄せて、毎回毎回酸欠になりそうな程にキスをされて。
頬に張られていた大きめのガーゼが、目から溢れる涙をどんどん吸い取っていくのがわかった。
ボスザルは何も言わない。
変わらずに、俺にじっと視線を注いだまま微動だにしなかった。
「…俺はっ、」
「わかった、もういい」
「…俺も、大好きなんですっ、」
「…もういいっつってんだろ」
涙を塞き止めるように両手を瞼に押し当てる。
否定されるのが怖かった。
理解できない、有り得ないって言われるのが怖かった。
怖くて、手が震えて。
「悪いが、今の俺にはお前をそんな風には見れない」
「………」
「3年経てば理解できんのかよくわかんねぇけど、お前が望むような事を今の俺はしてやれない」
「…わかってます」
「ただ、真城も言っていたが、記憶が戻った時にお前が近くにいなかったら自分が困るんだと思う。だから、とりあえずお前は俺の飼い犬のまま傍にいろ」
「………」
「いいな」
両手を優しく掴まれて、下に落とされる。
真っ赤になった目でボスザルを見れば、さっきまでの険しい表情は失われて、優しく笑みを作っていた。
俺は、また溢れ出そうになる涙を堪えながら無意識にも言葉を紡いで。
「…加藤と、えっちな事したんですか」
「加藤って、俺の恋人って言ってたヤツか」
「………」
聞いてから、物凄く後悔した。
「溜まってたし、ヤッた。けど恋人ごっこするつもりはねぇよ」
「………」
「それに、俺の恋人はお前だったんだろ?」
「…はい。俺です、俺だけだって言った、他の人とえっちな事しないって、言った…」
「……そうかよ」
じっと、また険しく歪められたその顔を見詰める。
「あのな、」
「別にそうしてくれって言いません。えっちな事したかったら別に誰とでもしたって俺は大丈夫です」
「…ん」
「でも、記憶が戻った時、覚えといて下さいね」
「………」
涙を堪えながら、やっとこさ笑顔を作る。
そんな俺が、今のボスザルにどう映ったのかはわからない。
わからないけど、少しでもストッパーになれればいいなと、俺は笑顔のまましばらくボスザルを見詰めていた。
→
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
175 / 301