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第16章ー5 口付けにしおりをはさみました!
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第16章ー5 口付け
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三月。
2回目のオーケストラの練習を見て、田口は梅沢に帰還した。
音楽のことは分からない田口だが、2回目に聞いてみると、前回よりもまとまってきているのはよくわかる。
圭一郎のランチに付き合って、早めの帰宅だ。
一人で上京するのは心細かったが、佐久間まで何度も行く必要もない。
本番前日のリハまでは、後は田口が顔を出す係である。
一人だったので、空き時間にお土産を買った。
だって、今日は。
6時過ぎ。
梅沢駅から、自家用車に乗り込み、自宅とは違う場所を目指す。
広い駐車場の1つに車を入れてから、チャイムを鳴らすと、みのりが顔を出した。
「こんばんは。田口さん」
「何度もすみません」
「いやいや。お兄ちゃん暇してるし。こちらこそ、いつもすみません」
彼女は笑う。
中に案内されると、母親も顔を出した。
「夕飯食べてって」
「しかし」
「いいじゃないの」
「そうよ。だって、今日は……」
保住の。
誕生日。
「起こしてくる?」
「あの。おれが行ってみます」
田口は、買ってきたケーキをみのりに預けてから一階奥の部屋に足を向ける。
何度もお邪魔しているので、もう勝手知ったると言うところだ。
「保住さん、田口です」
ドアをノックするが、返事がない。
そっと開けてみると、彼はすっかり眠り込んでいた。
相変わらず痛みが取れないようだ。
受傷してから1週間が経つ。
コルセットも出来て、少しは動けるようだが、根本は解決していない。
痛みが邪魔をして、まとまって寝ることが出来ないと言っていた。
そばに寄っても田口には気が付かないのか。
横向きになり、軽い寝息を立てている保住の額に手を当てる。
「田口……?」
目も開けずに、彼は呟いた。
「すみません。おれです。勝手に触れました」
「許可などいらないだろう?」
軽く汗ばむ額。
「熱がありそうですね」
「ずっと微熱が出ているようだ」
目を開けて、保住は田口を見る。
彼の瞳に光がない。
「せっかくのお誕生日なのに」
「誕生日なんて、だんだん嬉しいものでもない。それより、オケはどうだった?」
「仕事の話ですか?やめましょうよ。今日は」
「おれが聞きたいのだ」
「そうですか」
田口は床に座り込み、保住の顔を覗く。
「音楽のことがよく分からないので、いいも悪いもありませんが、前回の譜面読み合わせの時よりは、音楽として出来上がっていました。有田さんもいい感じのペースではないかと言っていました」
「そうか」
保住は、ほっとしたように目を閉じる。
仕事、仕事。
気になって仕方がないのだろうな。
そんなことを考えていると、ふと保住が目を開ける。
「お前はどうだ」
「え?」
「澤井に嫌なことされていないだろうか。体調は大丈夫か?おれの代わりに東京出張ばかりで疲れるだろう。すまないな」
急に自分のことに話が及び、最初は狐につままれた気がしたが、しだいに彼の気持ちが伝わって来る。
田口は嬉しく思う。
「すみません。気にかけてくれるんですね」
「いや。その……お前には迷惑をかけ通しだ。まったく恩を返せていないのに。すまないことばかりがたまっていく」
「保住さん」
腰を上げ、そっと保住の顔を覗き込む。
「では1つだけ。お願いを聞いてもらえませんか?」
「何だ?」
「キスさせてください」
我慢出来ない。
こんなところで。
そうは思っても、無理だ。
軽く熱に浮かされている彼の視線に吸い込まれそう。
「田口……」
否定なのか、肯定なのか。
自分の名前を呼ぶ開かれた唇に、自分の唇を重ねる。
軽く。
そうは思うけど、一度触れてしまうと止めたくはない。
触れては離れての軽いキスだが、田口の気持ちを高揚させるには十分過ぎるものだ。
「は、……っ、ん」
「保住さん……」
そう囁いた時。
「痛っ……!た、田口、ちょっと、待って……っ!」
「すみません!」
身体のちょっとした傾きで、保住は唸る。
「つい。調子に乗りました」
オロオロとして保住を見つめる。
「いや、……っすまない。本当に、すまない……」
腰を抑え痛みを堪える保住は、本当に可哀想になってしまう。
「ちょっと、大丈夫?」
みのりが顔を出す。
「すみません」
田口は、オロオロするばかりだ。
「もう!寝ている時もコルセットしてろって言ってるのに」
みのりは豪快だ。
バシバシと保住を叩く。
声にならない痛みとは、こう言う事か。
「……ツッ」
「みのりさん、」
「田口さんは甘いよ、甘い。日頃の仕返ししといたほうがいいわよ。ほらほら。寝てないで、田口さんがケーキ買ってきてくれたんだから。起きてきなよ」
彼女は、あっけらかんとそう言うと、部屋を出て行く。
田口は、ぽかんとしていた。
「みのりの奴……元気になったら仕返ししてやる……」
「兄弟喧嘩ですね」
「笑うところか。田口」
「すみません」
「全く最悪だ!この骨折っ!」
八つ当たりのつもりなのだろうが、気合いだとばかりに身体を起こした保住は、そのまま固まる。
「っっ……っ!」
「無理してはいけません。コルセット巻きましょう」
顔色も悪い。
息も絶え絶え。
本当に最悪の誕生日だ。
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