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生きているにしおりをはさみました!
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生きている
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その青年は繊細であった。彼には人が望む姿を与えられ、指先のしなやかなことから、はにかんだときの儚いことまで全てが自然で、しかし人に造られたものであった。だから明瞭な彼が惹かれるのも無理はなかった。その青年と少年の狭間に居る彼は、その全てが真白の、事あるごとに妹にはにかんでばかり居る青年に興味を抱いていた。
「ララ、なにしてるの」
数年前にこの星に波に攫われて降り立った彼らは、今まさに母星から来た迎えに乗り込もうというところであった。その中で声をかけられたララクシアは長く細い銀の髪をなびかせ、基地の大窓から覗く数年間の跡を眺めていた。
「…なにも」
「荷物はできるだけ送ってもらったんだから」
そう言ってララクシアの肩に手を当て、口元についた髪を元の束に戻したのはレットであった。季節は丁度転の頃。旧暦で言う秋の頃。木枯らしに耐えかね、金木犀が花を散らした。その橙の花弁がレットの白髪に絡まり、滑らかに移動して再び風に乗った。少し距離を置いたところで彼の妹の立場にいる少女が手を振っていた。いかにも寒そうな膝丈も、幼い子には関係のないようだった。
「向こうにいたら、目立つだろう」
誰に言うでもなく、ララクシアは狭い船内で呟いた。母星の人々は皆すべからく灰の目を持つのだ。色鮮やかな彼らは異端であった。
「それがね、俺らは偶々こちらの手入れに回されたけれど、その他にも同じようなのが居たらしいよ」
彼らは自然そのものであった。いわば庭師であり、偶然この星の手入れに回された。その役目は全うされ、丁度母星からの迎えも来た。バロンは腕の中に彼よりも歳が上の青年を寝かせ、そう言った。
「けれども僕たちは繁殖できないだろう」
「うん、純粋なのは」
「不純なのが居るって?」
「言い方に気をつけてね」
長い航行、彼らの大半は眠っていた。レットは微睡みながらララクシアに人差し指を立てて見せた。そのままバロンは会話を続ける。彼の腕の中で一等子どものように眠るラプラソスに時折気を配りつつ。
「目に色を持つ人が増えたんだよ、要は」
「僕たちのようなのが増えたのか」
「能力とかは弱いらしいけれどね、それに専用の法律も制定されてる」
「こちらの数年は向こうの何年なんだろうね」
「それはわからないな、けれどもこれだけかかるなら…随分長いんじゃないかな」
一通り話し終えるとバロンも寝の姿勢になった。自分ばかり起きていても仕方ないので、ララクシアもレットに抱えられたまま眠ることとした。造られた重力の中、不可思議な夢を見たララクシアはふと目を開いた。もう既に夢の内容は思い出せず、暗い船内と窓から覗く輝かしい星々に記憶は塗り替えられた。
「…レット、起きてるかい」
「ん…うん…起きてるよ、」
問いかけると、明らかにララクシアの声で起こされたレットはそう応えた。ララクシアは眠れないんだ、と囁いた。十三人の熱を感じる中、二人だけが起きていた。
「向こうに行ったら君はどうする」
ララクシアの問いかけがあった。
「考えてないかなあ…ゼロの面倒見なくちゃ、まだ小さいから…」
レットは義理の妹を気にかけた。彼女はララクシアの横で同じくレットに抱えられながら眠っていた。青年と同じ白髪が星の光に煌めいた。
「…ねえ」
「うん?」
「僕が…居たら、邪魔……?」
二人の間の温度が上がった。主にララクシアの方がすっかり赤面してしまっていた。隠そうと彼は星の光の当たらない方へと顔を背けた。
「いいけど…なんで?」
「別に…君が、ほら、向こうで…ああ、いや……興味あるんだよ、その、造られた存在だろ」
ララクシアはしどろもどろに応えた。レットはそれを知ってか知らずか、ただ少し微笑んだ。
「忘れちゃってたなあ、そんなこと」
「忘れるなよ、大切なことだろう」
「うん」
レットは何の気なしにララクシアをまた抱き締めた。ララクシアは普段よりもずっと温かった。流石にそれにはレットも気づいた。二人は顔を合わせた。しばらくの沈黙の後、レットはララクシアの胸部に手のひらを当てた。
「とてもどくどくしてる…肉が薄いからだよ、簡単に取り出せてしまいそう」
「…見えるよ、外からでも、心拍してるのが…皮膚が波打つんだ……見るかい」
「ふふ、いいよ…誰か起きたら勘違いされそう」
どこか儚い胸の痛みをララクシアが覚えると共に、レットは彼を抱き寄せた。二人分の鼓動がぶつかり合い、更に早まったように思えた。
「…だから今はこれで我慢」
青年はそう微笑んだ。
「今は」
「俺は時間をかけたい人なので」
「ロマンチストだね」
「君も大概」
「そうかもね」
母星まではまだまだかかりそうであった。船内が本当にふと暗くなる。一寸先すら暗い世界。二人は唯一見える互いの金の瞳を見つめていた。
一瞬、それすらも掻き消えた。ただ、ララクシアの視界に映ったものは、おそらく現ではない火花のような、何か弾けるもの。
「…時間をかけるんだろう」
「これはね、今しかできそうになかったから…」
「ずるい人だね」
「小心者で構わないよ」
再び視界に映るぼやけた金に、青年の恋人はひとつ微笑んで見せた。
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