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いつかの別れにしおりをはさみました!
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いつかの別れ
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「はあああ……
あっつい……」
ぐったりと床に倒れ込む。
すっかりのぼせてしまって気だるい身体に、むき出しの床の冷たさが今はありがたかった。
「ねーミコト、おれのふくー」
「なんだよ……
まだ人型なの」
横目で見上げると、濡れて艶の増した髪をタオルでかき上げて、色っぽく微笑まれた。
ちくしょう、さっきまでめちゃくちゃ不機嫌だったくせに……
つうか、なんでオトはのぼせてないの?
「服きなくていーならきないけど」
「きてください……
そのへんにあるから」
オトが服を身につけている間、おれはキッチンに向かった。
コップに水をついで、一気にあおる。
冷たい水が喉を降下していく感覚が心地いい。
ふう、と息をついてひとつ頭を振ってから、戻って床に布団を敷き、その上にうつぶせで寝転がった。
今日はなんだか、色んなところを走り回ってた気がする。
大学もバイトも毎日通うのは楽じゃないけど、こうして休みなく一日を過ごしていっぱい疲れて、たまに嬉しいこともあったりして、最後に布団に横になると、すごく満たされたような心地がする。
今日も頑張ったな、おれ。
これで、きっと明日も頑張れる。
うつらうつらとそんなことを考えていると、そっと髪になにかが触れた。
伏せていた顔を少し横に向けて見上げると、頭を撫でてくれていたオトと目があった。
「髪、乾かさないで寝ちゃだめだよ」
「んん……
へいき、だいじょうぶ」
「ねぼけてる?
ミコト、かわいー」
かわいい?
そんなこといわれても、喜べるかよ。
お前、おれのこと男だと思ってないだろ……
「ねー……
明日には忘れてていーから、聞いてね」
「ん……?」
「今日のこと。
おれね、よーこちゃんがあいつらにつかまって、いじめられてたとき……なにも、出来なかったの。
一緒にいたのに、助けられなかった。
こんなちいさい子すら……
おれには守ってあげることも出来ないんだって、ほんとに情けなくて、悔しくて……
それなのにあんたはあんなにもあっさりと、よーこちゃんを助けちゃうんだもん。
正直ね……ずるいなーって思った。
おれがどんなに頑張っても出来ないことを、さらっとやってのけられるとさ。
自分の力不足をひしひしと思い知らされちゃって……むかつく」
だけどね……
そう呟き、おれの髪をゆっくりとすいていた手がとまる。
眠気と必死にたたかいながら、おれは続く言葉に耳を澄ませた。
「そんなことよりも、おれは心の底からほっとしたんだよ。
おれに出来ないことを、簡単に出来ちゃうひとがいる。
あー、そっか。
絶対に出来ないなんてことは、あり得ないのか……って、思ったの。
なんでも、本気でなんとかしよーって思えば、なんとか出来ちゃうんだよね。
あんたと一緒なら、あの無謀な最終目標も……なんとか出来ちゃうのかもなー……なーんて、思ったんだ」
茶化すように笑う眸は、言葉の軽さとは裏腹に、キラキラと深い興奮と期待に輝いていた。
そしてその笑顔を記憶の端に残して、おれは眠りに落ちていった。
リン……
「ーー……」
鈴の音?
もしかして……夢?
リン……
……で…………
「?」
……おいで……
「……なに? だれ?」
リン……
「……オト?」
オト、おいで!
「は?」
リン……
「ーー……」
目を開いた。
まだ目覚めきっていない朝の光が、ぼろいカーテンに透けて見える。
なにか懐かしい夢を見た気がするけれど、よく思い出せない。
アラームがまだ鳴っていないということは、相当早い時間に起きてしまったのだろうか。
布団のわきに置いたスマホに手を伸ばそうとして、やけに身体が重たいことに気付いた。
なんというかまるで、背中からがっしりとなにかに巻きつかれてるような……
「って、あれ!?」
うしろに手を回すと、柔らかいものに触れた。
どうやらオトが、おれの背中にべったりと身体をくっつけて眠っているらしい。
ひとつの布団で一夜をすごしたということよりもまず、よくこんな寝苦しい体勢で起きなかったなと驚く。
オトを叩き起こすべきかどうかしばらく迷ったものの、まだ起床時間まで時間はある。
目覚ましがなるまでおれも寝てしまえばいいやと、のんきな頭で考えて、おれは身体の力を抜いた。
次に目を覚ましたのは、アラームの音が部屋に鳴り響いたからだった。
ピピピピピピ、と規則的に電子音を奏でる機械をとめようと、眩しくて開き切らない目を凝らして探す。
「……どーやってとめんの?」
「それ……スマホの、画面の……やじるし」
「引っ張るの?」
「ん」
焦燥をあおるように少しずつヒートアップしていたアラーム音が停止する。
ほっと脱力してから、おれはおや?と顔を上げた。
「おはよ、ミコト」
目の前で爽やかに八重歯を覗かせて微笑む男。
うう、眩しくて目が眩む……
いやそうじゃなくて、なんで目の前にいんの?
「朝から心臓に悪い……」
「なに?」
「いや……」
ん?
つうかお前……
「服きてる?」
「だって暑かったんだもん」
「服きてる!?」
「きてない」
おいおいおいおい……
脱ぐのはお前の勝手だけどさ、その格好で同じ布団に入られると色々とまずいんだって。
ほら……絵的に?
「きるか猫になるか!」
「どっちもや。
いーじゃん、別に」
よくないから言ってんのに。
つい額を押さえてため息をつく。
するとオトはおかしそうにくすくす笑って、おれの眸を覗き込んだ。
「逃げないんだ?」
は?と首を傾げる。
すぐに合点がいって、苦笑しながら答えた。
「なんかもう、いいかなって」
「なにそれ」
おれの眸を見つめたまま、穏やかに笑う。
その青い色をぼんやりと見ながら、おれはひとの姿のオトと初めて顔を合わせた日のことを思い出していた。
あの日も、オトは裸で、勝手におれの布団の中にいて……
おはよって微笑んで。
思えば、あのときほど身の危険を感じた瞬間はなかったな。
あとになって、あんな登場の仕方はなかったんじゃないかっていったら、猫が突然しゃべり出すよりましでしょって流されたけど。
「いてっ」
感傷にひたっていたら、ふいにぴんと額を爪で弾かれた。
オトはいつも手加減がない。
なにすんだよ、と涙目で睨みつけても、オトはにやにやと笑うだけだ。
一方的なのが納得いかなくて、やり返してやろうと手を上げたけれど、でこぴんが届く前に手首を掴み防がれてしまった。
「ミコトがおれに攻撃するなんて、百年早い」
「えらそうに……」
いつか見返してやる……
そうおれが心に誓いを刻んだとき、オトは掴んだままの手首を引き寄せて、おれの身体をふわりと抱き締めてきた。
目をまたたくおれの耳元で、優しい声がそっと囁く。
「ミコト、大好き……」
小さく鼓動がはね上がる。
なにをおもむろに……
戸惑うおれの首に、オトは甘えるようにほおをすり寄せた。
「ねー……
全部おわったら、絶対出てくから……
それまでは、おれの傍にいてね。
絶対、いなくなったりしないでね……」
「……」
全部おわったら。
それは一体いつのはなしなんだろう。
まだ出会って間もなくて……それでも、少しずつオトとの生活にも慣れてきて。
おれなんてたった一日、生きてくだけで精一杯なのに。
お前はもう、お別れのことまで考えてるの。
……おれにはまだ、分かんないよ。
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