アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
3にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
3
-
混み合うサービスエリアで腹を満たした冬弥と雪斗は、土産店の裏手の高台に散歩がてらやってきた。
ぐるりと柵で囲われた一角は休憩所になっており、ベンチがいくつか設置されている。柵のぎりぎりまで寄れば、山の向こうには町が、その向こうには海が見渡せた。
天気がよいこともあり、周囲の家族連れやカップルは自然豊かな景色をバックに思い出を写真に撮っている。
つい、友人たちとするように携帯のカメラアプリを起動しようとして、雪斗はそっとそれをジーンズのポケットに戻した。最後の日の思い出を形に残すなんて、自傷行為と変わらない。
「綺麗ですね……」
悲しい気持ちをごまかすように大きく息を吸うと、青みがかった土の匂いがする。父方の祖父母の家に遊びに行くとこんな匂いがしたな、と懐かしく思っていると、ひょっこり、冬弥の顔が視界に現れた。
「疲れたかな?」
「え、いえ、大丈夫です。冬弥さんは?」
「僕は元気だよ。飲み物もおやつも、隣で甲斐甲斐しく面倒をみてくれる雪がいるからね。眠っていても構わないのに」
車酔いや疲れがないか確かめるように、男の指先が雪斗の前髪をそっとよける。
かすかに額へ触れてもらえるのが嬉しい。前髪に邪魔されない視界でにこやかに微笑む冬弥は、この場にいる人間の、誰よりも素敵だった。
「いえ、俺は……冬弥さんと出かけるの、嬉しいので。だからそんなに気を遣わないでください」
「気遣ってるわけじゃないけど、心配はするよ。君は僕の恋人だからね」
とろけるように甘い笑みを一身に浴びているのに、雪斗の腹の中ではかまいたちが暴れまわるかのようにあちこち痛みが走っていた。
恋人だから、笑ってくれるし、優しくしてもらえる――恋人だから。
噛みしめるように、今日が最後なのだ、と実感する。
「はい……ありがとうございます」
嘘なんかつかずに、きちんと想いを告げるべきだった。
後悔はこの一年、飽きるほど繰り返した。
もう雪斗は冬弥に本当の気持ちを伝えられない。「一年だけなら」と念を押した彼に、これ以上の迷惑をかけることはできない。
嘘をついた雪斗には、肩に乗った重すぎる罪悪感を下ろす資格も、燃え盛る恋に引導を渡してやる資格もなかった。
「雪斗」
また、気づけばうつむいていたのだろう。
頭をさらりと撫でられ、顔を上げると冬弥の端正な顔が近づいてくる。ここが外であることも、周囲に人がいることも、雪斗の脳裏から消え失せた。
「……っ」
こめかみに唇が触れる。泣く子をあやすように、家族に親愛を示すように――恋人を慈しむように。
「可愛い顔をうつむかせないで」
ぎゅっと閉じていた目を開けると、楽しそうな冬弥の笑顔にまたキュンと胸がよじれた。
「ビックリ、しました。外なのに……」
「僕は全然気にしないよ。誰だって恋人にキスくらいするだろう? うぶで可愛い君の姿を人に見られるのは、ちょっと嫌だけどね」
唇にキスをされたことはないが、頬や額、こめかみ、鼻先などに冬弥はいつもキスをくれる。くすぐったい触れ合いは心地いいが、未だに慣れない。一年経ってもぎこちない自分には嫌気が差してしまう。
「すみません、してもらってばかりで、真似できなくて」
「そういう意味じゃないし、慣れてないのも可愛いよ。なんならもう一年、練習する?」
「……いいえ。十分です」
馬鹿を承知でうなずきたくなる衝動をいなすと、冬弥が離れていく。
長い脚を踏み出して来た道へ戻りながら、耳に残る子守歌みたいな声が囁いた。
「よかった、もう一年なんて、僕もつらい」
傷つく資格だって、雪斗にはない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 6