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23にしおりをはさみました!
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「…タイトルは『鍵』…、作者はエスクの」
「ミステリー小説か!俺もその作者のミステリー小説が昔から好きなんだが、『鍵』はまだ読んだことがなくてな…もしかして、『鏡』なんかも持っていたりするか…?」
「…あるけど」
あるけど貸さないよ、とでも聞こえてきそうなくらい嫌そうに返事をしたティトルだったが、そんなことは意に介していない様子のレオンは、目をきらきらと輝かせてティトルをじっと見つめている。
心底断りたい気持ちではあったが、そんな様子のレオンを無下に断るのはなんとなく気が引けて、ティトルは数秒口を噤んだ後、はあ、と大きくため息を吐いた。
「…わかった、『鏡』ならあげるから、もう帰って。二度と来ないで」
たまにしか行くことのない本屋で偶然手に入れられた小説で、すでに読み終えてはいたものの、譲るには惜しかった。しかし、このままレオンに居座られて居心地の悪い思いをするよりも、本を譲って帰ってもらう方がよほどましだと思えた。
「いや、もらうわけにはいかない。また近いうちに返しにくるのでは駄目だろうか?」
「…」
もうここには来てほしくない。だが、小説は確かに、返してもらえるならば、その方がいい。揺れる気持ちにティトルは眉間に皺を寄せ、じっと黙って考える。ティトルのその様子を見ていたレオンは、読みたかった本を前にらしくもなく興奮していた気持ちを落ち着かせ、静かに口を開いた。
「…会ったばかりで、俺のことを信用できないのもわかる。だが、信用に足る人間だと思ってもらえるよう、努力する。必要以上に話しかけたり、近づいたりしない。ただ、喉から手が出るほど、読みたかった本なんだ。信じてほしい」
レオンの真剣な眼差しを、静かに受け止めるティトル。しばらく黙って考えた後、一度だけ、こくりと首を縦に振った。
「…ここにある本を、借りるのは別にいい。その辺の木の下に、たくさんある。だけど、小屋には近づかないで。あと、僕には必要なこと以外、話しかけないでほしい」
「ああ、わかった。ありがとう」
ティトルは最後に、『鏡』は精霊に森の出口まで運ばせるからとレオンに伝え、もう帰るように促した。今度はレオンもそれを了承し、ゆっくりと立ち上がる。ティトルに向かって軽く頭を下げた後、背を向けて出口へと歩き出した。
「…これ、彼に届けてあげて」
レオンの広い背中を見送ったあと、ティトルは小屋に置いてあった本を手に取り、精霊たちに託した。
「…つかれた…」
あんなにも人と会話をしたのは、一体何年ぶりだったろうか。ティトルは体がどっと疲れるのを感じて、ベッドにぼふりと倒れこむ。
体格のいい男が、まさか自分が好んで読むような小説を知っているとは思ってもいなかった。ティトルはなんだか、不思議な心地だった。
相変わらず人と積極的に関わりたいとは思わないが、少しだけ、信じてみてもいいかもしれないと思ってしまった。最初の宣言通り、あの男がティトルに、最後まで近づいてこようとしなかったというのもある。
ティトルのように、日にも焼けておらず、血管が透けるような青白い肌でひょろひょろの男など、騎士団の男なら力ずくで言うことを聞かせることだってできたはずだ。勿論、ティトルは精霊守だから、精霊の力を使えばある程度は戦えるだろうが、それにしたってこちらを見下したような態度もなく、対等に話してくれていたと思う。
でも、とティトルは思う。信じて裏切られた人たちをこれまでに何度も見てきた。見すぎてしまっていた。
初めて人を信じてみたいと思った、かすかな気持ちをまるでねじ伏せるように、ティトルはその日、深い眠りについた。
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