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図書館は楽園だ。
電子書籍もいいけどやっぱり味気ない。
古ぼけた紙の本は乾燥して少し甘い匂いがする。最悪の体調だけど、好きな匂いがすると多少はマシになる気がした。
「相変わらず誰もいないな」
もう蔵書のほとんどを読み尽くしてしまった。
検索用の端末でタイトルを入力して、一件だけヒット。
だが……
「うそ、ここから二つもセクションが離れた図書館にしかないのか?」
しかも、これΩ地区民は読んじゃいけない本じゃないか?
はあ、と嘆息して壁にもたれる。
本があるのはα-β地区の図書館。
α-β地区は、ここΩ地区から二つの地区を隔てた場所にある。
ここのとなりのβ-Ω地区と更にとなりのβ地区の手続きを経て、ここΩ地区の図書館に届くことになる。
だが、Ω地区民が読めない本となれば話は別だ。
そう。僕はΩ地区の住人だ。
Ω-β地区から先へは行けないし、こうして読めない本もたまにある。
昔は多少疑問に思っていたが、今はもう仕方ないものと受け止めている。
ただ慣れたとはいえ、つらくないわけじゃない。
本好きならこの苦しみは分かってもらえるだろう。
滅亡が着実に迫ってきている今、僕は一冊でも多く本を読みたいのだ。
読みたい本が最後まで読めなかった後悔を抱いて死んでいくのは、さぞかし無念だろう。
仕方なく、司書に取り寄せの手続きを頼みにカウンターへ向かう。
ここの司書はβ地区民で、僕の友人。
今まで読みたい本を融通してもらったり、こっそり彼の名義で借りてもらったりした。
今回もお願いできないか聞いてみることにしたのだ。
「……あぁ」
そんな場合じゃないのに、静謐な図書館に声を漏らさぬよう口をふさいでしまった。
司書はナイフで首を掻き切って死んでいた。
統治者がどんなに滅亡の恐怖を和らげる努力をしようと、耐えられない者もいる。
本来ならすぐにでも通報するべきなんだろうけど……
死の瞬間、独りぼっちだっただろう彼の孤独を思う。
せめて彼の前にひざまずいて、ささやかな祈りを捧げることにした。
(君も読書が好きで、何度も本を借りる僕を覚えてくれたよね。
本の好みも似ていて、僕好みの本を揃えるのにずいぶん協力してもらった……。
僕のわがままを聞いてくれてありがとう。安らかに)
ふと、死体の首にかかっているものが目に入る。
血塗れの透明なケースに入った職員証の後ろの、身分証明書。
その瞬間、ある考えが浮かぶ。
彼はβ地区の人間。
この身分証を持っていけば、僕はα-β地区に行ける。
そうすれば、あの本が読める。
鼓動がやけに早い。やましいことは——そう、「まだ何も」してないのに。
後ろを振り返り、誰も来ないことを確認した。
(ごめん、司書さん)
震える指で身分証を取り出して、僕の身分証を代わりに入れる。
そして、大急ぎで蔵書の中から各セクションの見取り図を探す。
ページを破りとってポケットに突っ込んだ。
そのまま出来るだけ早足でゲートを目指した。
地下シェルターは簡単に言うと、右下の逆L字のΩ地区から順番に、扇状に広がるように配置されている。
内側から順にΩ地区、
β-Ω地区、
β地区、
そしてα-β地区だ。
ここの中心に図書館がある。
一番外側の地区はα地区だ。
司書に聞いたことがある。
α地区の者も、β地区まで行けるのは一部の人間だけだそうだ。
(今回用があるのはα-β地区だけだ。とっとと行って帰ってこよう)
司書と僕の身分証を交換してすぐに、僕はΩ地区の北端からa-β地区を目指した。
Ω-β地区は僕でも行けるセクションだ。
パーカーのフードをかぶり、いよいよβ地区への入り口を通る。
心臓が耳のそばにあるのかと思うくらい、拍動が響く。ガチガチに緊張しながらセンサーゲートを通過する。
(……! 何も言われない。やった!)
何でもない風を装って長い通路を行く。
しかしセンサーゲートは騙せても、生体情報を統治局の機械にスキャンされたら終わりだ。
なるべく早く事を済ませて家に帰らなきゃ。
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