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二章七話 子育てのつもりでにしおりをはさみました!
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二章七話 子育てのつもりで
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影井が家に帰ると、部屋は真っ暗だった。ダイニングにもリビングにも電気は点いていない。
「あれ? ただいま〜?」
どこにも行く宛はないし、精神状態を鑑みるに、一人で外に出るという可能性は影井の中にはなかった。一つ一つ部屋を開けてみる。
トイレや洗面所、一部屋まるまる空いている部屋にはいない。
少年は言われた事を全てこなしたようだ。少し散らかっていた部屋は片付いており、埃の積もっていたテレビ台まわりも綺麗になっている。
洗濯機の中の衣類もなくなっており、窓の外にも洗濯物は無いので、タンスにしまったのだろうと想像が出来た。
影井の寝室の扉を開く。セミダブルのベッドが窓際にあり、扉の並びの奥から本棚、デスクとチェアーがある。少年はチェアーに座ったままデスクに突っ伏して眠っていた。
「こんなところに……」
机の上には本が開かれてあり、その隣には国語辞典が置かれていた。
「君、起きて」
「んん……」
少年は少し唸ると、やがて目を覚ました。
「起きたかい? ただいま。帰ったよ」
「……お、おかえり、なさい」
無表情ながら困っているらしい顔をした少年は、たどたどしい言い方をした。言い慣れていないのだ。影井は少年の頭を撫でる。
これは子育てと同じだ。少年はまだ十歳の時に松山に買われて成長が止まっている。むしろ退化していると言っても過言ではない。
小さい子供をゆっくりと育てるのに等しい。ただ子育て経験のない影井だ、褒める事に専念する事にした。
それは影井が、褒めて育てた方が良いという本を本屋でよく見掛けた事があるからだった。
「夜ご飯は何が食べたい?」
「……」
決定を少年に委ねる質問をすると、少年は口を噤んでしまう。だが、影井は諦めない。少年の目線に合わせて膝を着いた。
「君が答えてくれないと俺も食べられないよ」
そう言ってみるも、余計沈んだ顔をされてしまった。
「好きな食べ物は?」
「……あの、味がしなくて」
「何?」
「何食べても味がしないから、好きな物も嫌いな物もないです」
とれだけ辛い思いをしてきたのかは影井には計り知れない。
自分を道具だと思わなければ生きてこれなかった少年に出来る事は……。
「今日は俺が好きな物を作るよ。頑張って美味しく作る、味がなくても美味しく感じられるように」
少年は何も答えなかった。その心中を知る事は出来ない、もしかしたら嫌がっているのかもしれないが、やめる事は出来なかった。
本を読んでいたという事実がある。少年自身の意思でだ。
『自由に生きる権利を持った人間である』と認識出来るようになる日が近い未来にくると、影井は確信したのであった。
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