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93 記憶補完編にしおりをはさみました!
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93 記憶補完編
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「アル君っ、やああっ」
ミーハが絶叫し、オレの方に手を差し伸べた。
反射的にオレも手を伸ばしたけど、既に届く距離じゃねぇ。せめても崖壁に剣を突き立てようとしたけど、濡れた岩は固くなってて、落ちるスピードを緩めることもできねぇ。
真下が滝壺なのを祈りつつ、受け身を取ろうと身構える。
バッと頭上に影が差したのは、その時だった。反射的に見上げると白いローブが宙に舞ってんのが見えて、ミーハだって気付いてギョッとする。
「トランスファァーッ!」
大声での「転送」の呪文に、更に胸がドキンとする。
「ちょっ、待てっ!」
慌てて制止したけど、もう遅い。
視界一面が白い光で塗り潰されて――次の瞬間、どうっと地面に落下して、両脚にすげー衝撃が走った。
「くっ」
息を詰めながら両足を折り畳み、すかさずジャンプして衝撃を殺す。
受け身を取りながら背中で着地し、ごろごろと土の上を転がって、すくっと立ち上がり周りを見る。
家々の立ち並ぶ景色が目に入ったけど、どこの町かとっさには判断できねぇ。それより先にまず探ったのは、ミーハの気配だ。
「ミーハ?」
「転送」されたんだって、頭では分かってても理解できねぇ。
ミーハの気配もドラゴンの気配もなくて、前後左右に目を向ける。そんでもやっぱミーハはいなくて、あん時の再現だと思った。
『トランスファー!』
泣きそうな声で呪文を唱えられ、こうしてオレだけが飛ばされたのは、もう何度目だろう。
「ウソ、だろ……?」
ぼそりと呟きながら、現状を悟って愕然とする。
ミーハがいねぇ。
オレを追うように飛び出して来たアイツがいねぇ。
オレを「転送」させて、そんで、アイツ自身はどうなった? 滝壺に落ちたのか? 無事なのか? 滝壺からずれた場所に落ちて倒れてねーか?
確認したくても、どうすりゃあそこに戻れるか分かんねぇ。
ハマー(馬)もいねぇ。
ここ、どこだ?
混乱しつつ周りを見回し、自分ちの前だとようやく気付く。なら、馬を駆ればすぐ着くか。
馬……誰かに借りに行くべきか。
ハマー(人間)か?
目まぐるしく考えを巡らせて、ハマー(人間)を探すべくキョロリと視線を巡らせる。
ぐっしょりと濡れた何かが後ろから飛びかかって来たのは、飛ばされて来た家の前から数歩歩いた時だった。
「何だ!?」
ギョッとして振り向いたけど、背中に飛びかかったソレはそのまま貼り付いてて確認できねぇ。代わりに白い杖が見えて、えっ、と思う。
見覚えのある古ぼけた杖。濡れて色が変わっても白いローブ。ぎゅうぎゅうとオレにしがみつく細い腕。その腕には銀とルビーの腕輪が光ってて、思わずその手をグッと掴んだ。
「ミーハ!?」
しがみつく腕を引き剥がし、背中のソイツに向き直る。
フードを被ったローブ姿は全身びしょ濡れで、フードを脱がしてやっても、やっぱその中もびしょ濡れだった。
薄茶色の猫毛がぺったりと貼り付き、白い額を隠してる。
ひぐっ、と色気なくしゃくり上げる声。水に濡れた頬が、あふれる涙で更に濡れる。
「ケガねーか?」
口で尋ねつつ、小柄な体を素早く目でも確認する。幸いミーハは両足でしっかりと立ってて、手にも足にも、少なくとも見える位置にはケガをしてねーようだった。
「無事でよかった」
思わずぎゅっと抱き締めて、「バカ、無茶すんな」って軽く叱る。
どうやって来たのか、「転移」が使えるようになったのか? ドラゴンはどうなった?
色々訊きてぇことはあるけど、ミーハはひぐひぐ泣いてるだけで、とても訊ける感じじゃねぇ。
それに、こんなびしょ濡れのまま放置して、風邪とかひかせる訳にもいかねぇ。
「アル、くん……」
「泣くな」
再び縋り付いて来るミーハの背中をぽんぽんと軽く叩き、愛おしさを噛み締める。
「まずはその服、どうにかしろ。家入れよ、ちょうどココだ。っつっても、お前は覚えてねーだろうけど」
オレら、一緒にここに住んでたんだぜ? そう言いたいのをこらえ、苦笑しながら鍵を開けてミーハを家に招き入れる。
ひっくひっくとしゃくり上げてたミーハは、オレがドアを開けた瞬間、更にひぐぅと情けねぇ声を上げて、「アル君っ」ってオレに抱き着いた。
「お、お、お、オレ……オレッ、忘れ、てた」
「ああ」
泣きながらのミーハの言葉に、短く同意しつつ、家の中に招き入れる。
「落ちて記憶喪失なってたんだろ? 知ってるよ」
苦笑しながら背中を押すと、ぶんぶんと首を横に振られた。
濡れ髪から水しぶきが飛び散り、ミーハが「違っ、オレッ」と声を上げる。
「オレ、思い出し、た。アル君っ」
ぼろぼろと泣きながら言われ、トクンと胸が小さく弾む。
「何を……?」
ダメだ、期待するな。そう思うのに、気持ちがざわめいて落ち着かねぇ。オレにしがみつき、デカい目を赤く染めて、ミーハが号泣しながらオレを見る。
オレのこと忘れても、記憶を失くしても、この湧き上がる愛おしさにはキリがねぇ。
ミーハのびしょ濡れの細い手が、オレの頬に伸ばされる。
ちゅっとミーハからキスをされ、ぎゅっと抱き着かれて「好き」って泣き声で囁かれたら、もう冷静じゃいられなかった。
はっ、と息が詰まり、言葉も詰まる。
「ミーハ!」
名前を呼び、上を向かせて唇を奪うと、ミーハは更にオレに強く抱き着いて、以前みてーに「んっ」とうめいた。
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