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「アル、ケガすんなよっ!」
「うるせーよ!」
タオのセリフを聞き咎め、じろっと睨んだ先には、もう誰もいなかった。
赤い残像が目の端に残り、ギョッとして身構える。
どこ行った、なんて考えるまでもねぇ。直後、グエェェェと恐ろしいくらいの咆哮が聞こえ、不覚にも一瞬怯んだ。
ドラゴンが羽ばたくだけで、滝壺が波打つ。細かな水しぶきがぶわっと散って、風圧の強さを思い知る。こいつは風系か?
「やあーっ!」
気合の入ったタオの声。
小ぶりの剣を両手に1本ずつ構え、素早く地面を蹴り、モンスターに切りかかる。視認することも難しい、その動きは相変わらずで、『赤い閃光』は健在だ。
ドラゴンの爪も、蹴りも、きわきわで避けながら果敢に接近戦を仕掛けてる。
普通サイズのモンスターなら、きっともう勝負はついてることだろう。
けど、さすがにピンキードラゴンは手強い。ドラゴン種の中で最小って言われてっけど、そんでもデカい。風圧も咆哮の威圧もハンパなくて、全身がびりびり震えた。
勿論、オレだってぼけっと見てるだけじゃねぇ。
タオとは反対側からドラゴンに迫り、集中的に脚を狙う。しっくりと手になじむ剣を握り締め、巨大なドラゴンの片足に何度も剣を切りつけた。
グェェェ! ギュエェェェ!
すぐ真上で、ドラゴンが叫ぶ。
斬りつけたのとは反対側の足が飛んできて、オレの真横の空を切る。体を捻ってギリギリで交わしつつ、もう一閃、ドラゴンの翼を斬りつけて後退する。
闇雲に敵に張り付くのは、バカか天才のやることだ。
タオはともかく、オレは天才でもなんでもねーから、基本通りにヒット&アウェイを繰り返すしかなかった。
呼吸すら忘れるくらいの集中。再び片足を狙って迫ろうとすると――。
ギュエェェェ!
ドラゴンが一際大きく咆哮して、直後、ゴウッと空に飛び立った。
真っ黒な影の下、風圧に煽られて両腕で顔を庇う。巻き上げられた滝壺の水がぶわっと空中に散らされ、オレとタオをびしょ濡れにした。
さすがドラゴンともなると、撤退の仕方も豪快だ。
逃げられたっつーのに「助かった」としか思えなくて、ドッと疲れが押し寄せる。
あれをホントに、どうにかできるんだろうか?
『劫火』すら跳ね返しそうな風圧を思い出し、カラカラのノドをごくりと鳴らす。
「ヤベェな……」
ぼそりと呟くと、隣でタオが「ホントだなーっ!」とハイテンションに声を上げた。
「ひょえーっ、スゲーッ! ドラゴン、マジスゴかったなっ!」
「嬉しそうにしてんじゃねーよ」
じろっと睨むと、逆にギャハハと笑われる。
「だってさぁ、テンション上がらねぇ? 何日がかりなら仕留められっかな?」
「何日がかり、って……」
具体的な日数なんか、考え付きもしねぇ。ただ、圧倒されたとしか思えなかった。
タオは確かな手ごたえ感じてそうだったけど、ミーハもいねぇのに、オレらだけじゃ無茶だろう。
「さっきの、どっち飛んでった?」
タオに訊くと、「あっちだな」って即答された。
指差された方角、滝壺のまっすぐ向こう側に目をやって、「だよな」とうなずく。確かにオレも、巨大な影がそっちに向かうのを見てた。
きっと向こうに巣があるんだろう。そう思ったけど――。
ギュエッ、ギュエェェェ!
滝壺とは正反対の場所で、ピンキードラゴンの咆哮を聞いた。
ギュエェェェ!
ハッとタオと顔を見合わせ、休む間もなく走り出す。目指すは、ドラゴンの咆哮の出所。
「どっちだ?」
走りながら上空を見上げても、あの大きな黒い影は見えない。
けど直後、ドーンって音と共に巨大な火柱が立ち、交戦してる現場が分かった。
「アル!」
タオに促されるまでもなく、足が勝手に走り出してた。
あの無駄に巨大な火柱に、どうしようもなくミーハを思い出す。
火柱の立った方に近付くと、生木の燃える強烈な臭いが漂ってきた。肝心の火柱はさすがにもう見えねぇけど、代わりに灰色の煙がもうもうと立ってて、山火事になんじゃねぇかとゾッとした。
ギュエッ、ギュゲゲゲ、ギュエェェェ!
ドラゴンの咆哮が、すぐ森の向こうから響く。
ここまで飛んでくる威圧。木々に受け止められた風圧が、つむじ風に消えて行く。
木々を抜け、ようやく開けた場所が見えたかと思うと、直後、ゴウッと風が鳴った。
「うわっ」
とっさに両腕で顔を庇い、腰をやや低くする。
大きな影を地面に落とし、空へと逃げて行くピンキードラゴン。
オレらがやり合った時と同様、巨大な翼がバサッとはばたき、巨大なドラゴンが浮き上がる。
ああ、逃げたか。……そう思った時。
「サンダーアロー!」
ミーハの声と共に雷撃が走り、ドラゴンの体を直撃した。
バリバリバリバリ!
鳥肌が立つくらいの、凄まじい轟音。ギャアッ、とドラゴンが悲鳴を上げ、ドンッと地面に落下する。
タオも、もう「すげー」と騒がなかった。
今の、ミーハだったよな。喉まででかかった言葉を呑み込み、タオを見る。タオは、見たこともねぇくらい真剣な顔して、木立の奥を睨んでた。
「あいつ……」
ぽつりと呟いて、白いローブの集団を見る。
フードを深くかぶられれば、どれがミーハだか分かんねぇ。じりっと胸が焦げたけど、ここで駆け寄る程愚かじゃなかった。
「ミーハ、あいつ『雷矢』なんて、いつの間にマスターしたんだろうな?」
誰にともなく呟いて、木立のすぐ向こうを眺める。
地に落ちたピンキードラゴンは、即死してなかったのか、ピクピクと足をひくつかせてた。
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