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ようやく身体が言う事を聞くようになった昼前頃、俺と綾木は状況説明の為署まで出向いた。
流石は警察署内といったところで、既に情報の回っていた同僚から浴びせられる心配の声の数々。
のらりくらりと持ち前の余所行きスマイルでかわしたものの、こんな風に多くの人に心配される事は今まで生きてきた中で初めてで、
さっきから妙に顔が熱い気がする。
一方、綾木はというと…
「あれ、もしかして来碧君の番の方ですか?」
「あのMS商事に勤めているっていう?」
「初めまして。いつも大変お世話になっております。」
「随分とご丁寧な方だ。流石MS商事さんですね。」
「いえ、そんな…とんでもございません。」
これが所謂職業病というものなのだろうか。
担当も何も関係なしに押し付けられていたらしい仕事を幾度となくこなしてきた彼の対応は、正にサラリーマンの鏡であった。
しかし、俺たち警官は綾木の顧客ではない。
誰も気にとめないのが可笑しくて仕方ないのだが、彼の発した「お世話になっております」とはどういう事だ。
いつもお世話になってしまってはこちらとしては大変困る。警部をはじめ、多くの役持ちは彼の発言に何の疑問も抱かない。
全くもって頭の足りない奴らの集まりだ。
上がこれじゃ、俺もまだまだ頑張って行かなければならないな。
悲しむ人を一人でも多く救うために。
「っあああ~!!めちゃくちゃ緊張した…。」
「どこに緊張するところがあったんだよ。
もしかして悪い事に手を染めた過去がおありで?
…それは詳しくお話を伺いたいものですねぇ?」
「ちょ、来碧さんいじめないでよ…。」
「冗談だよ。」
元々非番だった俺に合わせ、綾木も有給を取ってくれたので
彼に今日、この後の予定は無い。
仕事に支障が出るほど深い傷もなく
明日は通常通りに出社すると言っていた。
「あぁ、そうだ。さっき忘れ物取りに戻った時小耳に挟んだんだけど……あのα、何でもオカマに迫られるーだの掘られるだの、取調べ中ずっとパニック起こしてたらしいぞ。」
「え、ほんとに?俺転職して役者にでもなろうかな?」
「実は才能あったりしてな。」
過去に大きなトラウマを植え付けられたあの男の事を、こんな風に笑い話に出来るのも
身一つで俺を守り抜いてくれた彼のお陰だ。
この恩は、俺の寿命が来るその日まで
必ず返し続けようと固く誓う。
「…ていうかさ、来碧さん。どこか買い物でも行くの?帰って……ないよね、この道。」
「あぁ…えっと、その…病院に、だな。」
「病院?!もしかしてアイツに怪我でもさせられ──」
「ちが、違う。違う、そうじゃ…なくて。」
俺の運転で向かう先が、どちらの家でもない事には流石の綾木も気がついてしまったらしい。
盲目でもないのだから、こんな真昼間の晴れ空ではサプライズのサの字もないか。
実はこの後、俺には予定があった。
本来ならば自分一人で行くつもりだったのだが
こうなった以上は…綾木も、連れて行きたくて。
外が怖いという訳ではなく、もっと単純な理由だ。
後ろ向きではなく、前を向いて生きていく俺なりのけじめであり、決心。
「母親の見舞い…なんだけど、付き合ってもらおうかなと思って……。
紹介もしたいし…。」
「あ……そ、そう言う事?!嘘!言ってくれれば俺もっと格好とか気持ちとかお土産とか準備してきたよ?!」
「そんなの要らないって。綾木さんはいつだって格好いいよ。」
「う……。」
大げさな身振りで車内を揺らしたかと思えば、今度は赤面して長身を猫背に丸め、俯く。
本当に見ていて退屈しないし、嫌な事も消し飛ぶように心が晴れやかになる。俺にとって綾木はきっと、番という強制的な繋がりだけではない、もっと特別な、すべてを預けられる唯一無二の人物であるのだと確信せずにはいられない。
この先の人生で綾木が居ないなど考えられない程に、たったの数ヶ月という短い期間ですごくすごく大きな存在になっていた。
その時、何かを思い立ったかのように顔を上げた綾木は
髭でも気になりだしたのかしきりに頬の辺りを撫でる。
「綾木さん?どうした。」
と、何を考えるでもなくごく自然に問う。
すると綾木は、待ってましたと言わんばかりに暇をしている手で俺の髪に触れたのだ。
「どうもしないよ?綾木さん。」
「は?」
横側に垂れた髪を耳にかけられ、障害物の消えたそこに
ストレートに彼の声が響く。
突然何を言い出したのかとはじめは理解が出来なかったが
時間差で、猛烈な恥ずかしさが込み上げて。
「あ、あや…っ、綾木って、おまっ、あ…あのなあっ!!」
「へっへへへ!来碧さん動揺しまくり。
そんな噛む?…へへ、やば。堪えらんないわ…へへへっ。」
どうやら綾木は髭を気にしていたのではなく
この盛大なニヤケ面を必死に隠していたようだ。
なんだよ、急にひらめいて笑い堪えるとかただのヤバい奴じゃん。
俺が呼ぶのずっと待ってたわけ?俺はまんまとハマったわけ?
……あー、くそ。
顔が熱くて仕方ない。
というか、もはや全身だ。
今なら目玉焼きくらいは俺の頭上で作れるんじゃないだろうか。
「そうやって……たまに…性格悪くなるとこ。」
「性格悪い俺は嫌い?」
…そんな訳ないに決まってる。
と、言われる事は本人ももうわかりきっているのだろう。
いつもの不安げな眼差しなんかどこにもない。
代わりに向けられる、これ以上ないほどの優し気な笑みを見てしまえば
俺の心臓はきゅんと微かに締め付けられる。
「お母さんに紹介してくれるって、そう言う事でしょ。
……ね、来碧さん。俺の名前知ってるじゃん。そろそろ呼ばれてみたいなぁ。」
「え、ぁ……ぅ…。」
口角が上がるのを押さえ込む彼の手には血管が浮き出ており、かなりの緊張が見て取れる。
そんな中、彼よりずっと真っ赤な顔で運転を続ける俺も
まるで10代の学生が初恋をするかのようで情けない。
名前を呼ぶだけ。
その筈なのに、初めて声をかけたあの夜
免許証を読み上げた時とはまるで違って
どんな顔をして、どんな声で呼べばいいのか
何もわからなくなるくらい頭が混乱して、どうしようもなくて。
胸の浅い所で最大限の息を吸い、勢いのまま飛び出すそれに身を任せた。
「…る!すばる!これでいいだろ?!
ほら、もう見えただろあれだあの病院だ!早く行くぞすばる!!」
「えへへへっ。はいはーい。安全運転でお願いしまーす。」
ここが車内でなかったのなら、きっと今頃笑い転げているのだろう。
目尻へ溜まる涙を拭いながら可笑しそうに声を上げる彼の、幅のある肩を小突く。
そばに居るだけで鼓動は速まり、名を呼ぶだけでこの上ない緊張に見舞われる…なんて
俺をこんな風にしたのは
絶対絶対、絶っっ対に
“澄晴”のせいだ
ばか。
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