アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
五章 4にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
五章 4
-
ミハイルがレオにファンタジアを向け、ニコライの首にもう片方の手を添えた。
「レオ君、俺に攻撃するの? 死ぬよ。君も、コーリャも」
首を押さえられたニコライが、今まで以上に怯えた顔をする。
しかしレオの態度は変わらない。
「お前、殺すとか言ってるけれど本気じゃねぇだろ」
低く言ったレオ。拳を振り上げてミハイルに向かって踏み出す。
誰もが息を飲んだ。殺されると思った。
しかし現実はそうならなかった。
ミハイルに向けて真っ直ぐに繰り出されたレオの拳。次の瞬間に、床に硬いものが落ちる重い音がした。
ミハイルがファンタジアを手から離し、片手で彼の拳を受け止めたのだ。ニコライの首はもう片方の腕で押さえたまま、レオの拳を止めた彼の手にも魔力が籠っている。
レオの強化された拳が、そのままミハイルの掌を押す。
「やっぱり、殺すつもりなんて無いんじゃねぇか」
「……殺す必要なんてない。唯、交渉がしたかっただけだよ」
「交渉、だと?」
二人は拳と掌で押し合ったまま睨み合う。
珍しく笑みの消えた真剣なミハイルの顔。若菜色の瞳が、背の高いレオを見上げる。
「そう、できればちゃんとコーリャを連れていく許可を得たかった。また戦いたくなんかないから」
ミハイルがそう言い終わったとき、レオが悲鳴を上げた。ミハイルが彼の指を折ったようだ。
レオ、と声を上げるニコライ。悪魔はレオの拳を掴み続ける。
「でも君は本気で俺に攻撃してくる。だから俺は今すぐコーリャを連れて逃げるしかない」
パキ、とまた一本レオの指の骨が折れる。
レオはもう片方の手でミハイルの腕を掴んだがその腕はびくともしなかった。悪魔は彼を簡単に逃がしはしないのだ。
「最後に教えてあげるよ、レオ君。俺の予想に過ぎないけれど、当たってるはずだ。君は悪魔と天使のハーフだよ。天使でもクォーターでもない」
「何、言ってやがる……、離せ!」
ジュウ、と肉の焼ける音がした。灼熱の痛みに、慌てて左手をミハイルから離すレオ。その掌は酷く火傷している。炎の魔力だ。
レオの右拳を握ったまま、話を続けるミハイル。
「今出している力が君の本来の力だ。君は魔力と神通力、両方が扱えるけれど、僅に神通力の方が強い。君は今まで無意識の内に、神通力で魔力の気配を封じ込めていたんだ。だからその分、神通力が使いにくくなっていた」
両手の痛みと驚愕に顔を歪めるレオを、ミハイルは思いきり自分の方へ引き寄せた。その美貌に邪気の無い薄笑いが戻った。
「君は今のように力を解放すれば、多分ニコライよりも強い。自分の正体が分かって良かったね、レオ君」
そして、今度はレオを突き飛ばしたミハイル。床に尻餅を付いた彼を、ニコライを両腕で抱き締めつつ見下げる。
「До свдания……」
その唇に紡がれたのは、人間界のどこかの、知らない言葉だった。
直ぐに立ち上がろうとするレオ。
「なっ、待ちやがれっ!!」
二人に向かって手を上げる。
「ニーカっ……!」
悪魔に怯え、自分に縋るような目でこちらを見下げるニコライ。その腕を掴もうと、右手を必死に伸ばした。
————しかしその手は、宙を切った。
レオが立ち上がってその手がニコライに触れる寸前に、二人はその場から消えた。空間移動の魔力だった。
それは一瞬の出来事だった。その暫時に、ニコライは悪魔によって連れて行かれてしまった。これだけ何人も天使がいながら、誰もが何もできなかった。
膝を付いたままのレオ。最初は唖然としていた表情が、悔しさに染まっていく。
「ちくしょうっ……ニーカっ!」
指を折られて握ることのできない右手を、床に叩きつけた。
「ちくしょう、ちくしょうっ! うあっ……あぁあ……、ニーカぁっ!!」
怪我をしている両手を、何度も床に叩きつけるレオ。
軍医が彼のところへ駆け寄る。
「や、止めなさい」
レオは軍医に腕を掴まれたが、それを振り払った。彼の目には涙が浮かんでいる。
悪魔に大切な友人を奪われた悔恨。彼はそれを吐き出そうとするかのように、大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「うあぁあっ! ニーカああぁああああっ!!!!」
鳴り響くサイレンを掻き消すような男の叫び声。何もできなかったナターシャは、やはり何もできずに聞いていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
29 / 70