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六章 3にしおりをはさみました!
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六章 3
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暗い土器(かわらけ)色の髪にヘーゼルの瞳、鼻の下に髭を蓄えた四十代前半の男、リース大尉。寮ではニコライの隣の一人部屋で生活している。
彼は真面目で部下想い、上司にはあまり媚びない軍人だ。そのため上より下の者に好かれやすい。また、一定の数の友人はいるが交友関係をあまり広く持ちたがらず、一人の時間が好きな男だ。
消灯後、彼は部屋で一人ワインを飲みながらある男に想いを馳せていた。
ニコライ・フォン・ヴィノクール。
自分が隊長を務める中隊に所属しながら、単独での任務の方が多かった特殊な兵士。その実力は自分より下の階級の特務曹長でありながらこの基地では一番強かった。千人に一人の逸材と言って良いだろう。
容姿端麗で頭の良い天使。彼を信望するものはたくさんいたが、彼は同じ中隊にいる仲間達にすら心を開いていないように見えた。表情の乏しい男だった。
一週間前、その天使が悪魔に連れ去られた。
リースは彼が連れ去られるのを目の前で見ていた。見ていながら何もできなかった。
最強と言われる美しい悪魔、ミハイルに拘束されていたニコライ。彼は見たこともないくらい窶(やつ)れ、憔悴した様子だった。誰にも負けることなどなかった美しい天使が、肉体的にも精神的にも痛めつけられ疲弊していた。
あの強い男が、自分の目の前で、悪魔に殴られ、接吻されている————リースは、内心では異常に興奮していた。
ニコライは男だが、リースは元々男として見ていなかった。かといって女というわけでもなく、寧ろ生物とすら思えなかった。一つの美麗な芸術品。消して穢されてはいけないもの。
あんなに美しいものが悪魔にぞんざいに扱われ穢されていることに興奮したのだ。自分でも異常とわかっていたが、自分もニコライを傷つけたくて堪らなくなった。同性愛者ではないから決して愛しているわけでも欲情したわけでもないが、彼を犯したくなった。
彼のいつもきっちりと着ている軍服を脱がし、あの白い肌に傷をつけ、存分に甚振り犯したい。もう止めてくれと泣いて自分に縋る姿を見たい。
リースは自分のあまりに残虐性の高い異常な妄想に恐ろしくなった。自分の中にこんな欲望が眠っていたなんて知らなかった。男を犯したいだなんて、我ながらに吐き気がする。自己嫌悪し、この欲望を目覚めさせてしまった美貌の天使に憎しみすら覚えた。
だからリースは、ニコライが連れ去られて少し安心したのだ。もし彼が自分の中隊に戻って来たら彼を犯したくなってしまう。しかし彼に勝てるはずがないから、襲おうとすれば自分は怪我をするかも知れない。殺されるかも知れない。そんな事件を起こすわけにはいかない。
唐突に部屋のドアをノックされ、リースは俯いていた顔を上げた。
こんな時間に、一体誰だろうか。何かあったのだろうか。
椅子から立ち上がり、更に二回ノックされたドアを開けた。
「……?! 君は……」
「こんばんは、リース大尉。こんな時間にごめんなさい」
そこにいたのは金髪の美女だった。この看護師にはリースは見覚えがあった。
「君はあの時の、」
「ナターリヤ・クリベークです」
「そうか……いや、何故こんなところにいる。ここは女人禁制だぞ」
「すみません、大尉にどうしてもお聞きしたいことが」
「駄目だ。今なら誰にも言わんから早く女子寮に帰りたまえ」
リースはドアを閉めようとしたが、彼女はそのドアを押さえ体を割り込ませる。彼女に怪我をさせるわけにもいかずドアを押す力を緩めるリース。
「何なんだ、人を呼ぶぞ」
「お願いですリース大尉。ニコライ・フォン・ヴィノクール特務曹長のことですの」
「……ヴィノクール特務曹長?」
丁度先ほどまで考えていた男の名前を出され、リースは目を見開く。
ナターシャがここぞとばかりに彼の部屋の中に滑り込み、ドアを閉める。
「ええ、大尉ならご存知かと」
「何だ?」
「何故特務曹長にあのような任務が与えられたのです?」
「あのような……?」
「ミハイルを始末しろという任務です」
ナターシャの青い双眸がリースを睨むように見上げる。彼はわざとらしくため息を吐く。
「いや……やはり帰りたまえ。もう消灯後だぞ」
リースは閉められたドアを開け、ナターシャの肩を押す。しかし彼女は彼の腕を掴んで出るのを拒んだ。
「お答えください。何か答えられないような理由でもお有りなんですか?」
強情な彼女の態度に、彼は彼女の肩を押したまま言う。
「特務曹長ならあの悪魔を倒せるかも知れないと判断されたからさ。他に何がある」
「嘘です。ミハイルが最強とまで言われるのは何か過去にミハイルの強さを見せつけられるようなことがあったからでしょう? あの悪魔の非常識な強さはある程度わかっていたはずです」
ナターシャがそこまで考えていたことに、リースは驚いた。この看護師は生半可な気持ちでここに来たわけではない。恐らくかなり明確な目標がある。
リースが彼女の肩から手を離すと、彼女はドアを再び閉めた。
「本当のことを教えてください、リース大尉」
「……私が質問に答えられるとして、何故君に教えなければならない」
リースはそう言ってナターシャに背を向け、先程まで座っていた椅子に座った。
彼にまだ答える気は無さそうだ。おそらくあの任務やミハイルについての情報は軍の機密なのだろう。
彼を追うように近づくナターシャ。
「あなたが天使だからです」
「何?」
「クルツ伍長とダニロフ軍曹、モローゾフ中尉はヴィノクール特務曹長を助けに行きましたわ。同じ天使として、悪魔に好きにさせないために。あなたも高潔な天使としての誇りがお有りなら、せめてあの悪魔について教えてください。あなたは軍人である前に天使でしょう」
凛としたナターシャの訴え。
僅かに目を細めたリース。目の前の美女の、その若さが眩しい。まだ天使を高潔なものと信じている。
「君、幾つだ? いつこの軍に入った」
唐突なリースの質問に、不思議そうな顔をするナターシャ。
「……二十三です…………この軍に入ったのは三年前ですが」
「二十三、か。若いな。天使を悪魔より高潔なものと思うか」
「勿論ですわ。悪魔は野蛮で凶暴なもの。私たちは神から授かりし力で彼らを抑える義務があります」
「模範解答だな」
どこか悲しげにナターシャの言葉を聞くリース。ワインを一口飲んだ。
「私も君くらいの時はそう思っていた。だが最近は……八年前くらいから、そうは思い難くなってきた」
「八年前……? 先の大戦が終わった頃、ですか?」
「ああ」
八年前、五年に及んだ天使と悪魔の幾度目かの大戦は停戦となり、今は間界での小さな小競り合いが度々あるだけだ。ナターシャとニコライが軍に入ったのはその後なので、大戦には参加していない。レオとディーマはその頃軍に入ったばかりで、最前線には行っていなかった。
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