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金曜日の昼休み、同期の豊と2人で飯を食うのは習慣だった。
他の奴らは喫煙所や車で時間を潰すため、事務所に残るのは俺と豊と遠くの方に数人だけだ。
だから豊は、あまり人に聞かせられない話なんかもよくしてくる…のだが。
「お前の彼氏に迫れだぁ?何言ってんだよ突然」
「お願いだよー!頼めるの隼人しか居ないんだもんーっ」
コイツは何を言っているんだ。
普段から愚痴一つこぼさず、不満なんてありませんって自慢げに言っていたくせに。
会った事は無いが、豊の話を聞くだけでも相当な優良物件だという確信を持てる。
そんな恋人を陥れようというのか。
「…まずは経緯を話せ。もし俺が納得したら考えてやる」
「絶対に納得する自信あるもんねーだ。隼人がオレの事大事だって、オレ知ってんだからねー!」
そう言うと、豊はそれまで一度だって離さなかった箸をテーブルに置き、首を守る革のチョーカーへ触れた。
「番にならないかって、言われたんだ…」
豊はΩだ。そして自慢の恋人はα。付き合いだして確かもうすぐ1年くらいだったと思う。
その間に無理やり番われなかったというところも、彼氏がよっぽど豊を大切にしている証だと言える。
「豊にとっては、すげーいい話なんじゃないのか?どこが問題なんだよ」
俺には豊の悩む理由がわからなかった。
授業でも嫌と言うほど聞かされ、学年にたった数人居たΩはいつもαを物欲しそうに見ていたのだから。
βの俺らなんてアイツらには見えてもいなかっただろう。
俺達は所謂“普通”と言われる存在で、そうあらなくてはならない。この縛りがあるが故に雁字搦めになっている奴も居る…なんて、“特別”なαやΩには当然わからない。
多分、それと同じだ。
「あのさぁ…オレ達は一度番われたらもう後戻りが効かないの。相性悪かったから離婚しました〜とか簡単に言える性別じゃないワケ」
「あぁ……うん、そっか」
やっぱり、俺にはわからない話。
知識としては知っている。だが、そもそもβ同士だったとしても相性くらいで“簡単に”別れられるとは思わない。
特別な人間はこう言う時、決まって普通をバカにする。羨んでいるようで、実際はそうじゃない。
「カレが本当に信用に足る人物なのか、番になってもずっと愛してくれるのか、隼人に見定めてほしいんだよ!」
「…あーそう」
その話って、結局のところ俺を利用して恋人を試したいだけだろ。
大事な相手も信じられないΩと、試されるαか。可哀想なもんだな。
普通じゃない事が許されるお前らは、いいよな。
「で?俺は何したらいいの」
「ほらっ!やっぱり助けてくれるんだー!」
いいぜ。乗ったよその話。だが期待はするなよ、これは俺の単なる嫌がらせだ。
αだろうが何だろうが騙してやるよ。
あんな事言わなければってだけじゃ済まないくらいの、一生分の後悔をさせてやる。
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