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5にしおりをはさみました!
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無駄にスペースを設けた広い廊下を通り抜けて出た部屋は、目的の広すぎるリビング。
観葉植物までご丁寧に買い揃えられていて、その生活感のなさはまるでモデルルームのようだ。
すぐに目に付く大きな冷蔵庫を遠慮なく開けてみれば、先程までとは打って変わって整頓された生活感のある庫内。
どうやら料理に関してはちゃんと自炊をしているらしい。
大きくなった黒いものが渦を巻く。
“かねなり”に手料理をつくって待って、料理振る舞ってヤられて……
下品な妄想はお手の物。その汚い感情に名前をつけるなら、何だったか。
ますます馬鹿らしく思えた己の腹の底を冷やそうと、ミネラルウォーターを手にして口に含む辺りで、蜜が後を追いかけてきたらしくその姿が見えた。
___なんて顔してんだよ。
「飼われてるなら大人しくしとけば?それともお痛して叱られたいわけ?」
「っ……そういうわけじゃ。ただ僕は…」
___そんな顔はそいつに向けていればいいだろうが。
困惑を顔に貼りつけて口ごもる姿に苛ついた。人に苛立ちを覚えたのなんていつぶりだろう、そんなことを頭の片隅で冷静に思案する俺もいた事に自分自身で驚いてしまう。
何か伝えたいのに察してくれと言いたそうな蜜をずるいと思った。
俺もいい加減するくて悪いやつだが、こいつも大概だ。右手で左腕を掴んで縮こまる姿は守ってくださいと言っているようにしか見えない。
「……兼成さんには感謝してるし、こんな良い生活させてもらって文句なんて言うわけない。逆らう理由もない……僕に出来る事なら何でもしたいよ。でも……!」
___一瞬、光が見えた。
それが何なのかはわからないし、身を縮めて訴えかけようとする蜜の言葉はすぐにおさまってしまった。
続きが聞きたくて声を荒げる様相を終始黙って見つめていたけれど、俯いてしまった蜜からはこれ以上自ら言葉を発信することは不可能だろう。
……目があったときの、あの光を教えて。
ゆっくりと蜜に近付いてミネラルウォーターを口に含む。
立ち止まった先の目の前で小さく震える身体を見て、不思議とさっきまでの苛立ちを感じなかった。
俯いた蜜の顎に指を添え、自分の方へ持ち上げて口移しで水を飲ませる。
……飼われることに感謝するってことは、環境に恩義を抱いてるだけだろ?
「……でも?ゆっくり言ってごらん」
……お前のひとつに向ける感情は、まだ、誰のものでもないんだろう?
小さな口では飲み干せなかった水が蜜の顎を伝って落ちる。
「……僕、今日病院で検査してきたんだ。でも何らかの病気なんだってわかってても、それがどんな病気なのか、命に関わるものなのかさえ分からなくて」
「それは飼い主は知ってるのか」
顎に伝った水を舌で拭い取り、後頭部に手を添えてゆっくりと撫でるのはただの手癖の悪さだけじゃないかもしれない。
落ち着いてゆっくりと言葉を紡ぎ出した蜜の瞳は、うっすら濡れているように見えた。
見下ろした先の、密の長いまつ毛が儚げに揺れるから、俺の何かも揺れる。
「ううん、病気のことを知ったら捨てられてしまうかもしれないし。もし受け入れてくれたとしても、迷惑かけたくないから」
「お前にとって、飼い主ってなに?」
……捨てられることが怖いのは、お前が飼われているって立場だからだろう。
お前にとって本当に感情が向く相手はまだいないってっことに気付かせたい。
___なぁ、俺を見ろよ。
「大切な人だよ。こんな僕を飼ってくれた唯一の人達だから」
さっきから渦巻いている腹の中の黒いモノの正体がわかってしまった。
俺は……嫉妬してたんだ。金でこいつを買った男に。
視線が大きく下に落ちる。ふう、とひとつ深い溜め息が出る位には一気に疲れた。
こつりと合わせた額から蜜の熱が伝わってきた。まるで子供みたいな体温、触れれば触れるほどに熱を持つ素直な身体。
きっと中身は繊細なモノで詰まっているんだろう。
その小さな身体で全てを抱え込むなよ……
「親、も…身寄りもいないのか」
飼い主は親でもなんでもないし、実際この部屋からはそういった愛情を微塵も感じ取れない。むしろ、初めてこの家に入った時からずっと……どこにも、相手を想う優しさが感じられるところなんてなかった。
あるとすれば、冷蔵庫の中だけ。金で飼い犬を買った、可愛いペットを愛でているんです。そうヒシヒシと伝わってくるんだよ。
「うん、生まれた時からずっと一人だったから…多分いないと思う」
なあ、そんな当たり前のように笑うなよ。
……もう誰でもいいなんて思えない。お前が、責任取れよな。
小さなその身体を抱えこむように抱きしめると、全てがしっくりとおさまった気がした。
「…そうか」
「…紺?やっぱり、帰るの?」
紺の服の裾を小さく握る蜜の声はやっぱり震えてた。
不安で堪らないって、寂しいって、体中で叫んでるみたいなのに。それを抑え込んで控え目になってしまうのは、こいつ自身の育ってきた環境だろうか。
「蜜は帰って欲しくない?」
意地悪く言ってしまうのは、お前が可愛いと思うからだよ。
キツく抱きしめた腕をゆっくり解いて額を再び合わせると、子供体温が心地よく伝わってくる。
この熱をもっと上げさせたい。素直に自分の感情を言わせてやりたい。
「紺が嫌じゃなければ、いてほしい…」
「そう?じゃあ、蜜を残さず食べちゃおうかな」
上目遣いは身長差から当り前なのだろうけど、潤ませた瞳に関してはもうわざと誘っているようにしか見えない。
見た目以上に軽い蜜の身体を、ヒョイと抱え上げて運ぶのももうお馴染みなってきたな。
リビングの真ん中に大きく存在する硝子性の大きなテーブルの上におろして再び覆いかぶさる形になると、一頻り眺めてみれば陶器のような肌に喉が鳴る。
蜜の顎を撫で此方をみるように仕向けるのは、その瞳いっぱいに自分を映してやりたいから。
行動を記憶しろ。
今この場所で、この時間に、この空気感で、この匂いに包まれて。
ああ。“かねなり”と同じベッドなんてごめんだね。
俺の事、お前の身体に覚えさせてやるよ。
……俺以外じゃ感じない身体にしてやるから、いい子にしてな。
「でも、あのベッドは嫌いだからここでしよっか」
___なあ、蜜。
俺、お前の事好きだわ。
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