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隣のあいつにしおりをはさみました!
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隣のあいつ
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春はあけぼの。
春は日の出前の明るくなる空が一番美しいという意味で清少納言が謳ったとされる随筆だ。
高校生活も3年目を迎えた俺は、今まさに窓の外を眺めながらそんな歌を詠みたい気分だった。
隣の席に座っている人間の顔がタイプすぎる。
なんだこの造形美。
ブラウンの髪からのぞく茶系の瞳、筋の通った鼻、やわらかそうな唇。
まるで漫画のキャラクターだ。
見た瞬間、思わずドキッとしてしまう美しさだった。
だが、こいつはおそらく男だ。
「おーい冴島、オレのノート渡しとくから授業んときよろしくぅ」
「……」
冴島と呼ばれた男は、無言でうなずきノートを預かった。
表情が変わらない。
なにを考えているのかわからないやつだ。
「はは、やっぱあいつ使えるわ〜」
「ちょっとぉ、聞こえるって」
友達、には見えない。
「なぁ」
「……」
俺の呼びかけに冴島は顔だけこちらに向けた。
思わず惹かれるきれいな顔立ちだ。
「あんた口きけねえの」
「……」
「耳が聞こえないわけじゃないんだろ」
「……」
「…………はぁ。まぁいいや」
無言、ね。
今日からこいつのことは無口くんとでも呼ぶか。
いくら顔がきれいで好みとはいえ、口がきけないやつとは仲良くなれそうもない。
授業が始まってから、冴島はただひたすら2冊のノートを埋めていた。
つーか、パシリかよ。
なにを頼まれているのかと思えば、どうやらノートの書き写しらしい。
頼んだ男はノートを立て、こそこそとスマホを触っている。
「だる……」
俺には関係ない。
そう思いながら無視していたが、授業が終わると男が冴島の元へ戻ってきた。
「どうよ」
「……」
冴島はノートを広げて渡す。
「はっ、冴島にしては上出来じゃね? いい子いい子〜」
見るからに上から目線の男にイラッとした。
こいつは何様だ。
冴島がノートを書く義理はないだろ。
「お前、あんなん言われて悔しくなんねーの」
「……」
俺の問いに冴島はふるふると首を横へふった。
それと、表情が歪んだように見える。
「本当に平気だと思ってんの?」
「……へいき」
「うわ、しゃべった」
てっきりなにも話せないと思っていたが、冴島はどうやら声は出せるらしい。
「平気って。俺ならあんなパシリされたらノート顔面にぶん投げるけど」
「……へいき」
「ナメられてんだぞ」
「へいき」
「botみてえだな……」
だがそのとき、冴島の手はかすかに震えていた。
きっと気のせいじゃない。
緊張しているのか。
真意はわからないまま1日が終わっていた。
冴島がどうしようと俺には関係ないじゃないか。
何度もそう言い聞かせてみるがあの手のふるえが気になってしかたない。
「祐希ー! 帰ろうぜ!」
「おう、要(カナメ)か」
幼なじみの要が顔をのぞかせ立ち上がったとき、まだ冴島は席についていた。
「冴島、家どこ?」
「?」
「お前の家」
「……牧田町」
「まじ? 近いじゃん。なら一緒にこいよ」
「ん、なに1人増える系?」
「ああ、1人増える系」
きょとんとしている冴島に「はよ」と手を引いて立ち上がらせる。
どうやら俺はバカのようだ。
それも今さらだが。
「そういやあんた名前は? 俺は宗谷祐希(ソウヤ ユウキ)」
「……さえじま、はる」
「へえ、陽って書いて"はる"か」
クラス表で冴島の名前を見た。
「すげーかわいい名前じゃん。ちなみにおれは新谷 要な! おれも祐希も苗字に谷が入ってるんだよ」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
「おもしろいだろ! 自己紹介には大事だっつの」
冴島はクスリとも笑ってないけどな。
「陽ちゃんはたこ焼き好き?」
「うぇ、なんだその呼び方キモ」
「キモ言うな。愛嬌あるだろうが」
「……たこやき、食べたことない」
「は? まじ?」
俺も要も衝撃だった。
そんなやつはいくらでもいるだろうが、同級生にいるとは。
「めっちゃうまいよ!? 1回は食べなきゃ損だって!」
「……たべてみたい」
「よーし、いつもんとこ行くぞ祐希」
「何回目だよ」
冴島の目が輝いたように見えたのは、気のせいか。
「いらっしゃい」
「おばちゃーん、たこ焼きとスープくれ!」
「あいよ」
要とよく通うこじんまりとした料理店。
夫婦で回してるこの店は多くの常連に愛されている。
俺たちもその一員だ。
隣でそわそわしている冴島の手はやっぱりふるえている。
だが、要は気づいていない。
「おまたせ、どうぞ召し上がれ」
「うまそー!」
チーズが溶けたアツアツのたこ焼きを見て瞬きをしている。
「ほーら陽ちゃん、食べてみ」
「……おれ、たべて、いいの?」
「当たり前だろ。金もべつにいらねえし食ってみろよ」
こくり、とうなずき箸でおそるおそるつついている。
たこ焼きを食べるだけでこの挙動。
それにあの手のふるえ。
なんだか嫌な予感だ。
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