アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
理想 -3-にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
理想 -3-
-
櫻井以下、社長室の人間は茫然としていた。
「麗二のことブスって言ったのだれだれ?めっちゃウケんよねー!」
5分ほど前にやっと訪れた香月、彼に対しpmp一同が謝罪をしていた時に訪れた、突然の外村。
香月本人を隣にしてこの態度であるし、何よりここまで重苦しい空気のまま話をしていたところに、急にこのはしゃぎっぷりである。全員が全員、どう扱おうか迷っている。
なぜ外村がここに来たのか、思い当たる節があるのは櫻井だけだろう。
外村が手づかみで食べている、香月に出したものと同じロールケーキ。それは櫻井自身に向けられたメッセージであるかのようだ。
これが、礼か。
櫻井は香月が出ていったあとの社長室でソファの上で伸びながら苦笑した。
pmp、というよりは木田が香月に責められる流れを唐突に壊してくれたし、外村が野次を飛ばす中での謝罪で、呆れきった香月から早々に許しの言葉はもらえた。
外村は救いとなってくれた。しかし、これではロールケーキ二切れ、実質一切れ分のお礼では到底きかない、ということにしておこうか。
「俺は片付けしてるから、お前らは先に車に乗ってな」
櫻井と同様、緊張の糸が切れてソファに伸びている木田の前に、車のキーを差しだした。
「とりあえずは、良かったな」
櫻井がつい頬を緩めると、木田も唇をニッと笑ってキーを預かり、勢い良く立ち上がった。ンーッと木田が伸びをする間に、前島もウンザリした様子でノロノロと立ち上がった。
「あーっ、あとは酒の解禁だけだちくしょー」
「解禁しても絶対今までみたいな飲み方すんじゃねえぞ!」
2人の背中を見送り、扉が閉まると櫻井もフウと一息ついた。
「まさか外村が来るとはねえ」
社長もクッションの大きな椅子に深くもたれながらコーヒーをすすり呟いた。
「多分、黒宮さんのおかげです」
結局手を付けられずに終わった香月の分のロールケーキとコーヒーを今までのように盆に乗せながら、櫻井は社長の呟きに答えた。
「黒宮?」
社長は上ずった声を上げ、背を起こす。過剰な反応に思わず櫻井もギョッとした。
ずっと物憂げな様子でいた社長が、目を見開いて櫻井を見つめている。櫻井はつい顔を伏せた、しかし何を見たらいいか分からず視界が泳ぐ。
まるで、取り返しのつかない過ちを犯した気分だ。
「あの……茶を取り替えているときに、マネージャーの武上さんと会ったんです。
それでロールケーキの余りって言って渡しましたら、その後また茶の交換のときに黒宮さんに会って。
そのときにもう1つケーキを持って行きながら、お礼をすると言われたんです。きっと外村さんは、黒宮さんが呼んでくれたものだと」
櫻井は言い訳でもするかのように事情を説明した。社長は茫然としながらも櫻井の言葉の節に合わせ頷き、説明が終わると「そうか……」と視線を落とした。
「さすがにケーキだけじゃ足りないんで、またお礼を返さなければとも思ってます」
「お礼ね……別にいいけどね」
社長は机に両肘を突き、指を組みながら明後日の方向を向いた。その瞳は先ほどよりも憂鬱の色を増している。
「一応言っとくとね、あんまり目は付けられない方がいいよ」
「え?」
「最悪ね、香月はいいんだよ。ある程度怒らせても、おべんちゃら言っておけばいい気分になってくれるからね」
社長はうつむきながら首を振る。
「でもね、黒宮だけは、俺も機嫌を損ねたくないんだよ」
「……どういうことですか?」
社長の言っていることが櫻井には分からなかった。
シタタリとの関わりがあるとはいえ黒宮はサポートの身分だし、まだまだ若手に分類される人のはずだ。それをなぜ社長が、香月以上に恐れる必要があるのだろうか。
社長はため息を吐いた後、コーヒーにまた口を付けた。
「話すと長くなるけどね」
社長に手で促されて、櫻井はソファにサイド腰掛けた。まるで先程までの木田のように、無駄に背筋を伸ばしてはいるが。
「黒宮が初めてシタタリのレコーディングに参加したのは、セカンドアルバムからなんだけど。
その頃の香月は今よりももっと我儘がひどくてね。
なんせファーストアルバムから良い売り上げ出しちゃったし、メロメロのファンがいっぱい付いて、周りの大人からもチヤホヤされててね、完全にスターの気分だったろうね。
でもそれが落ち付いたのはレコーディングが終わる頃からだ。
それと時期を同じくして香月は俺に言ってきたよ、黒宮のことがいたく気に入った、ぜひこれからもシタタリのドラムを担当させてほしいと。
何が驚いたってね、あいつが自分の歌録り以外で音楽のことに口出してくるの、それが初めてだったんだよね」
櫻井にもそれはなんとなく分かる気がした。
シタタリの楽曲はほとんどすべて外村かゲスト扱いの外部が作詞作曲を行い、香月はたまに詞を付けることがあるくらいだ。
創作的な才能はなくともパフォーマーとしての才能があるために、今の地位を持っていられるのだろう。
「気に入ったという割には、表面上は香月と黒宮はそれほど親しく関わらない。
だけど黒宮の言うことに香月は絶対反対しないし、黒宮と合わないサポートが入りそうになれば反対する。
黒宮の事務所入りも、専属のマネージャーを付けるのも、香月が提案したわけじゃないけどぜひ叶えてほしいと俺に言ってきたよ」
櫻井も、特に正式なバンド所属の無い黒宮に専属のマネージャーが付いているのは、どうにも違和感があった。それで武上のことを覚えていたのだが、香月が一枚噛んでいたのか。
「変わったことは他にもあってね。
香月はそもそも自分から人に関わりに行く方では無かったんだよ、なんせ何もしなくてもあっちからいくらでも寄ってくるからね。
だけどやっぱり黒宮と仕事を始めた少しあとから、音楽業界の重鎮や権力者とのコネを積極的に持つようになっていった。
あいつがどことどんな繋がりを持ってるのか、もう俺も分かりゃしないよ……それでもこの事務所を抜けないでいてくれるのは、救いっちゃ救いだけどね」
社長の濁った眼が櫻井の方を向く。
「黒宮が香月に何をしたかは知らない。とにかく、下手に出とけばいいと分かってる香月より、黒宮を怒らせるほうが俺は恐いよ」
「……なるほど」
「というわけで、関わるのもほどほどくらいがいいと思うよ、俺はね」
社長の話が終わって、櫻井は茶を片付けて社長室から出た。
黒宮のスケジュールやら何やらを聞ける流れでは無かったし、それはもういいと思っていた。
社長が話した言葉は櫻井の頭の中で繰り返されている。
黒宮には逆らえない……社長も……香月も……
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 88