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些細な一言
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エターナルで清掃を始めてから3日後、掃除道具もある程度揃ったため、一番汚れやすいトイレ掃除に取り掛かることにした。
女性用トイレの掃除も一応社員に了承は取っているが、できるだけ昼休憩時などは避け、誰かと鉢合わせないように最新の注意を払わなければいけなかった。
そのため、自然な流れで男性用トイレから始めることになる。
清掃員をし始めた頃は、このトイレ掃除が億劫だった。ここエターナルはまだ新しいトイレだからあまり汚れておらず、臭いもそこまでではないが、公園などの公衆トイレの方は、鼻が曲がるほどの異臭を放っていることがほとんどだ。
そのうち感覚が麻痺したか慣れたかで、多少の異臭には耐性がついたのだが、代わりに匂いに鈍感になった気もしている。
腕まくりをし、マスクとゴム手袋を嵌めて一番端の便器に取り掛かり始めると、数分後には無心で汚れを落としていた。
少しずつ綺麗になっていく便器を見て、僅かに達成感を覚え始めた時だった。
「あ、掃除中だったんですね」
いきなり声をかけられ、はっと我に返って顔を上げると、すぐ横に黒川が立っていた。集中し過ぎていて周りの音が聞こえなくなっていたらしい。
「使うなら、どうぞ」
隣の便器を指しながら言ったが、黒川は苦笑いを浮かべる。
「んー。いえ、せっかく掃除してもらっているのに、すぐ汚すのは悪いですし。……それから」
「……?」
黒川の視線が、便器から夕の顔へ移り、真っ直ぐに注がれて。
「綺麗にしてくれて、ありがとうございます。月城さんのおかげで、ここ数日は快適に仕事ができているので」
「……、……」
向けられた笑顔に、初対面で見た時のような苦手意識は生まれず、代わりに何とも言えないむず痒さのような、温かさのようなものを感じた。
皆は大抵、清掃員が清掃をしているのは当たり前のように見るが、礼を言われたのは初めてだ。
「月城さん……?」
口を半開きにした間抜け面で長く沈黙し、黒川の顔を見つめている夕に、黒川は戸惑ったような声で呼びかけてくる。
「……、いえ。これが、仕事ですので……」
ようやく口を開いた夕を見てほっとしたのか、黒川は最後に一つ微笑むと、そのまま立ち去った。
その背中を目で追っている夕の耳が微かに赤いことなど気が付かないまま。
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