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あなたのために
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「ありがとうございます」
「月城さんのおかげで、ここ数日は快適に仕事ができているので」
黒川に言われた台詞を何度も思い返し、黒川の様子を時折窺いながら掃除に取り組んでいくと、忘れていた気持ちを思い出してきた。
真面目に仕事に向き合う気持ちや、やりがいを感じることや、毎日に意義を見出すことなどだ。
失業してからはずっと、ただ淡々と、その日生きていくための最低限の稼ぎを得るためだけに、どこか仕方なく清掃員をやっていた。
それが、このところは毎日、仕事をする度に目的を見出し、力が漲るようだ。
「黒川、最近頑張ってるなあ」
「そうですか?」
「ああ、なんか見てたら俺も頑張らないとって思うよ」
「ありがとうございます。もっと頑張ります!」
「ははっ、頑張り過ぎて倒れるなよ。お前は重要な戦力だからな」
いつも注意していた社員と黒川が、そんな会話をするようになったのはいつの頃からだったか。
夕も無意識のうちに口元に笑みを浮かべながら、額に浮かんだ汗を拭い、一層集中して掃除に取り組む。
何の力にもならないかもしれないが、今はただ、少しでも黒川が毎日過ごしやすいように、仕事に気持ちよく取り組めるように、ただそれだけを願って、一つ一つ丁寧に汚れを落とした。
そうしていくと、夕に対して黒川以外の社員も声をかけてくるようになった。
「いつもありがとう」
そう言って笑顔を向けてくれる周囲の人間に対し、以前よりも自然と夕も言葉を返すようになってきて。
よし、今日も隅々まで綺麗にしよう。
と気合を入れて取り組もうとしていた矢先のことだった。
「あ、月城さん。ちょっといいですか?」
声だけですぐに黒川だと分かり、振り返る。
その時夕は廊下の掃除をしようとしていて、黒川は仕事をしている部屋から外に出てきたところだった。
「……?……はい」
首を傾げながら頷くと、黒川は少し視線を彷徨わせながら、頬を僅かに赤くして。
「あの、これ……っ、あ、れ……?」
何かの缶を夕の前に差し出そうとして、その体がぐらりと傾いた。
「っ……黒川さん!」
慌てて駆け寄り、なんとか床に倒れる前に黒川を抱き止めることができた。黒川の手から落ちた缶が転がり、硬質な音を立てる。
「黒川さん、大丈夫ですか?黒川さん!」
何度も呼びかけるが、黒川は気を失っているのか、瞼を閉じている。
口元に手を当てると呼吸はしているが、額に触れてその熱さに眉をひそめた。
「どうされました?」
その時、ちょうど騒ぎを聞きつけた他の社員が駆けつけ、事情を簡単に説明しながら黒川の体を抱き上げて立ち上がりかけ。
下に転がった缶コーヒーに目が止まり、それもポケットに入れてから改めて立ち上がった。
「医務室はどこかありますか?」
「あ、はい。こちらです。ちょっと医療に詳しい者を呼んできます」
「はい、お願いします」
案内されるままに医務室に運びながら、黒川のきつそうな表情に胸が締め付けられるようだった。
医務室に運び込んだ数分後、黒川は恐らく過労で熱を出したのだろうということを聞いて、早く良くなることを祈りながら頭を撫でる。
「ん……」
黒川が目覚めそうな素振りをしたので、完全に目覚める前に立ち去ることにした。
その際、ポケットに入れていた缶コーヒーの存在を忘れていて、家に帰り着いて思い出したのだった。
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