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11にしおりをはさみました!
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夜空に弧を描いて下降するゴンドラ内にけたたましいアラームが鳴り響く。地震速報。
スマホを取り出す遊輔に倣い、薫も腰を浮かす。緊張が走る。隣の家族連れも騒いでいた。
「震源は千葉か」
「近いですね。揺れ、感じました?」
「わかんねえ。お前は?」
「ちょっとだけ」
「最近多いな」
「停止しないかな」
「大人しく座ってろ、コケたら怪我すんぞ」
遊輔が薫の腕を掴む。
「あ」
よろめきの拍子に指がずれ、変なボタンを押す。偶然動画が再生され、押し殺した喘ぎが漏れる。
「……は?」
遊輔の表情筋が硬直。咄嗟に隠そうとすれば、手首を掴んで止められた。
「なんだよこれ」
手首を圧搾する激痛に顔が歪む。薫の手をこじ開けてスマホを奪い、動画を突き付ける。
「映ってんの俺だよな」
「……ッ、それ、は」
「説明しろ」
凄味を含んだ眼光で詰め寄る。スマホ画面では目隠しされた遊輔が犯されている。
「ハメ撮りしたのか。俺に黙って」
「言ったら許してくれました?」
返事は乱暴な蹴り。薫の横を掠めるようにベンチを蹴り付け、胸ぐらを掴む。
「人が酔い潰れて寝てる間に手錠噛ませて強姦するようなクズに何を許すって?」
「謝ります、どうかしてました」
「脅迫のネタにする気か」
軽蔑に尖った眼差しを突き刺し、ギリギリ首を絞める。
「弱味ゲットおめでとさん。ハメ撮り押さえときゃ抜け駆けできねえもんな」
ひねくれた質問の意図を理解し、爪先から冷える感覚を味わった。
「裏切ったらネットにばら撒くとでも」
「違えのか」
「そんなことしません、俺はただ」
「オカズが欲しかっただけ?」
スマホが軋む。
「てめえにズリネタくれてやる筋合いさらさらねえよ変態。俺がドア一枚隔てて寝てる場所で、これ見てしごいてやがったのか」
激しい罵倒に反発が湧く。
「……じゃあ出てってくださいよ」
自分が悪いとわかっている。
だけど自分だけが悪いのか。
「俺の部屋に知らない女連れ込んで、俺が買ってあげたカウチで知らない女抱いて、全部見て見ぬふりしてきてあげたじゃないですか」
「あげたあげたって恩着せがましいんだよ」
「毎日は求めません。動画で我慢します。一人でするとき必要なんです」
「他あたれ」
「遊輔さんじゃなきゃ意味が」
「抱かせてやってんだろ」
「気が向いた時にやれやれって感じでしかこたえてくれないじゃないですか」
「俺は女が」
「おこぼれで満足しろって?掠め取るのも許されませんか?」
挑発する。
「抱かれる負担大きいってわかってます、だから繰り返し動画見てオナニーしてるんです、本人痛くも痒くもないでしょ、待てができて偉いって褒めてください。寝顔汚される方がお好みならそうしますけど、後始末大変ですよ」
「開き直んじゃねえぞクソレイパー」
「さんざんよがっといて被害者ぶらないでください」
「ほざけ」
「それが証拠です」
シャツの前を淫らにはだけ、腹筋に融けた氷を伝わせた遊輔が、画面の中で悶えている。
「勃ってますね」
「……」
「イッた回数覚えてません?ドライオーガズムキメたくせに」
「てめえが前立腺突きまくるから」
「頭から再生しましょうか」
スマホを奪いボリュームを上げる。大音量の喘ぎ声が響き渡り、遊輔の首元が鮮やかに紅潮する。
「音消せ!」
停止ボタンを押す。
「犯罪者って案外身近にいるんだな」
「俺達が普段やってることは犯罪じゃないとでも?」
先ほどまでの楽しい気分は消し飛んだ。遊輔が表情を殺し念を押す。
「よそにアップしたか」
「この動画を?」
まさか。ありえない。きっぱり首を横に振る。遊輔が極大の嫌悪を込めて蔑む。
「なんで自分がされて嫌なこと人にするんだ?」
「独り占めしたくて」
スマホの中に遊輔がいる。手の中に囲える。所有格で語ることが許される。
「盗撮とオカズにした事は謝ります、本当にすいませんでした。遊輔さんがちゃんと俺のセックス喜んでくれてるって、この人はどこにも行かないって、好きな時に見返して安心したかったんです」
「気持ち悪ィ」
「知ってます」
足元に跪き、ベルトを外しにかかる。
「フェラで許してくれませんか」
あっけにとられた顔。薫の肩を掴んで引き剥がし、理解に苦しむ半笑いで聞き返す。
「正気か?」
「俺ができること、今はこれしか思い付かなくて」
父の機嫌はこれで直った。見捨てないでもらえるなら何でもする。思い詰めた薫を見据え、束の間言葉を失っていた遊輔が我に返り、断固として拒絶する。
「手ェ離せ」
「償わせてください」
「なんでフェラが詫びなんだ反省してんなら目の前で消せよ!」
「コピーは?」
「あんの?」
「ないって言ったら信じてくれますか」
「無理だね」
「ですよね」
素直に削除したとして、ブラフ慣れした遊輔は却って怪しむはず。
「消すだけじゃきっと足りない、もうしませんて誓っても信じてくれない。だから」
「御託の前に土下座しとけ!」
「暴れるとばれちゃいますよ」
隣のゴンドラに顎をしゃくる。途端に抵抗が弱まる。女の子は両親と談笑している。もし振り返ったら―……
「寄んじゃねえ」
「どうして?しゃぶられるの好きでしょ」
「観覧車だぞここ」
正論だ。非常識の誹りを受けるのは薫の方。ハメ撮りがバレたパニックが罪悪感と結び付き、信頼を損なったショックも相俟って自暴自棄に駆り立てる。
「余計なこと気にしないで、頭からっぽにしてください」
狂おしい衝動が弾け、独占欲の虜と化す。
腕力では遊輔が勝る。じりじり詰めてくる薫を押しのけ、間合いから脱するのは簡単だ。なのに顔を背けて耐えているのは、一家団欒を壊したくないから。
「遊輔さん」
壁に張り付いたまま、うなだれた顔を支え起こす。
「嫌なら声、上げていいですよ」
「お断りだボケ」
「強がらないで」
顔の横に手を突き、片膝で股間を押す。薫の膝に跨る姿勢をとらされ、遊輔がたじろぐ。
「なんで遊園地連れてきたんですか」
「……」
「俺は貴方に助けてもらわなきゃいけない子供でも、貴方が助けられなかった子供の代わりでもありません」
限界まで瞳を見開く。数呼吸の沈黙。
「しんきくさい顔で罪滅ぼししてるのはどっちですか。ずっとまりえちゃんのこと考えてたのお見通しです。この際だからハッキリ言っちゃいますけど、その目が俺を惨めにさせるんです」
「どんな目だよ」
「可哀想な子供を見る目」
恐らくは遊輔自身すら気付いてない、残酷な欺瞞を抉り出す。
「俺をここに連れてきた理由は自己満足の総仕上げ。前に言ってましたもんね、不幸な子供を観覧車のてっぺんに匿いたいって。ここは世界一安全なシェルターで、悪い大人が手出しできない場所だって」
堰を切った言葉は止まらず、感情と乖離した独白を紡ぐ。
「父は観覧車が好きでした。俺を膝に抱いていじくり回すんです。ゴンドラの中は逃げ場がない、助けは来ない。最高の密室だと思いません?」
やるせない告発が遊輔を打ちのめす。
安全圏など世界のどこにもない。薫は身をもってそれを知っている。パープルのネオンが滲むのは涙目で見たから。
「薫、ッあぐ」
膝頭を埋め、ズボンの股間を圧迫する。
「観覧車は無線とインターフォンだけ、防犯カメラは付いてない。実質やりたい放題なんですよ、こんな事も」
シャツの上から乳首を引っかく。
「も、いい」
「楽しくないですか?ずっと来たかったんでしょ、夢が叶って良かったじゃないですか、おめでとうございます」
「ふざけ、望んじゃねえ、ッく」
「子供に見られるかもしれないゴンドラの中で喘ぐのってどんな気持ちですか。倒錯的で興奮しますか」
耳舐め。甘噛み。萎えた膝が頼りなくずり落ちていく。すかさずこちらの膝を突き上げ、会陰をトントン叩く。
「〜〜〜~~~~~っぁ、は」
「しゃんと立って。ちゃんと答えて。そっちが誘ったんでしょ」
膝をぐりぐり押し付ける。
「遊園地に行ったことある子は幸せ?笑える決め付けですね、観覧車乗れない体に上書きしたげましょうか」
辟易して脅す。
「遊輔さんの気が済むならそれでいいと思いました、可哀想な子供を幸せにするごっこ遊びに付き合ってあげようと思いました、でも駄目でした。ハメ撮りの件は言い訳しません、貴方を盗み撮りした動画でヌいてヌいてヌきまくったクズだって認めます。けどね、リベンジポルノとして放流する可能性を疑われたのは心外でした。ましてや脅しのネタになんて」
フェアリーフェラーの同類と見なされた屈辱が心を冷やす。
「俺が貴方を見世物にするって、自分と同じ場所まで引きずり落とすって、本当にそうおもったんですか」
「余罪は?都合よく記憶喪失か」
「狡くて汚いのはお互い様だろ、誰かを裁けるほどご立派な人間だっていうのかよ!」
バンダースナッチが罰してきた人種と同じ側に追いやらされ、理性の糸が切れた。
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