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21にしおりをはさみました!
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21
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青い夜明けの光部屋の中を照らす頃。
那津は、ミツキと手を繋ぎ宿の外へ出た。赤い遊郭の灯は、いつの間にか全て消えていた。そんな静かな街の中を二人で歩く。
外は自分たち以外、誰もいなかった。
「ミツキの住んでいる山って、ここから遠いかな?」
よくよく考えれば、ミツキの住んでいる山の場所を那津は知らなかった。話しながら大門の下をくぐり外に出ると、ミツキはおもむろに那津の手を引いて胸に抱く。
「ミツキ?」
ミツキの背で黒い翼が開き一度、バサリと大きな音を立てた。
「歩けば遠い。けど、歩いて帰ったことは、俺もない」
「じゃあ、どうやって?」
「飛んでいく」
「えっ、うそ、待って!」
「待たない」
急に体が宙に浮き上がる感覚に、那津は驚き一生懸命ミツキに抱き付いた。あっというまに、地面が遠くなり、いつも自分が仕事をしている三途の川や、住んでいる山から離れていく。
「怖いか?」
体が密着しているのでミツキの声が直接自分の体に響いているみたいに感じた。その声に次第に落ち着きを取り戻していく。
「え、と。少し、空を飛ぶなんて……私、初めてだし、いや、人間は普通飛んだり出来ないんだけどね」
「そうだったな」
まだ明るくない空を飛んでいると、なんだか海の中を泳いでいるような心地だった。実際は泳いだこともないのだけれど。
「空は……現世も、ここも変わらないな。朝も昼も夜もある。だから、ずっと那津に繋がっていると思ってみてた」
一面の青い世界。けれど、ゆっくりと白んで色が変わっていく。
「うん。私も、空、見てたよ。いつも」
小指をかざしていつも、空を見ていた。
いつか、ミツキにもう一度会えると信じていた。
そして、出会えた。こんな奇跡もあるんだと思った。だから、もう何も望まない。
地獄と天部は隣だと以前に聞いていたけれど、その言葉通り、川を挟んで隣に位置していた。ミツキが住んでいるという社は、実際歩いて行けば、川を渡り山を登らなければこられない場所だった。
「宇多がいれば、一瞬なんだけどな」
「そういえば、宇多さんは、瞬間移動みたいなことしてたね」
「あれは、風を操っているんだ」
山の中に降り立った時、那津は、その風景にどこか懐かしさを覚えた。
それは那津が昔、療養中に暮らしていた山里。ミツキと出会った現世の山。
「気づいたか?」
「うん。ここって、あの山、だよね」
「あぁ、正確には、裏と表。住んでいるところ見たら、もっと驚くかもな」
ミツキに連れられてきた場所は、初めてミツキと出会ったあの社だった。
鳥居をくぐると、そこには竹箒を持った宇多が立っていた。
「ミツキ様、おかえりなさい。二度目の朝帰りですね」
「……いろいろあったんだよ」
「ま、知ってますけど。那津さん、いらっしゃいませ。そろそろ、来るかなーって思ってました」
「え、どうして、分かったんですか」
「それは、えーっと……う、兎の耳は、遠くの音が聞こえるんです!」
ミツキに睨みつけられた宇多は、慌てた声でそう言った。
「すごいですね。ここがミツキと宇多さんの家なんですか?」
石畳の先に見える社。その先に木造平屋の母屋が続いていた。
「あ、気になりますか? 確かに、気になりますよねぇ、こんな人里離れたところに、二人でなんて!」
おどけた調子で、宇多は指をくるくると回した。
「おい、宇多」
ミツキは、そんな宇多の頬をぐいぐいとつねる。
「ふ、痛い。ミツキ様。す、住んでません! 私は、通いの家政婦みたいなものです。同じ山なので、まぁ一緒といえば一緒ですけど、他の神様も住んでいますし、あと、私、耳がいいので、ミツキ様が呼べばすぐに飛んで行けますし、一緒にいなくても、なんら不都合ないんです」
「へぇ、宇多さんの瞬間移動ホントすごいですね」
那津が素直に感心すると、宇多は自慢げに胸をはった。
「すごいでしょう。ミツキ様、神様なのに、一人じゃ、なーんにも出来ないんですから、ホント、那津さんが、一緒に住んであげたらどうですか?」
冗談とも本気ともつかない宇多の言葉に、那津は困った表情を浮かべた。それは叶えられないから。
「で、ミツキ様。ところで、どうして、那津さん、連れてこられたのですか? あ! もしかして、本当に一緒に住んだり……」
そう言いかけたが、ミツキの真剣な貌に宇多は言葉を止めた。
「宇多、違うんだ」
「違うとは?」
「那津は、今日、裁判を受ける」
ミツキのその言葉に、宇多は持っていた竹箒から手をはなしてしまう。石畳に竹箒が当たって硬質な音が響いた。
「な、何、言って……ミツキ様、ご自分で何言ってるか分かってるんですか! だって、ミツキ様は、昨日、あんなに幸せだって笑って、やっと、ご自分の思いを遂げたのでしょう、だったら」
「宇多。俺は、何も言わない。那津が決めたことだから」
宇多は苦悶の表情を浮かべ、那津の手を握る。そして、矢継ぎ早に那津に訊いた。
「那津さん、ミツキ様がいうことなんか、気にしなくていいですからね、昨日も言いましたけど、那津さんの気持ちが一番大事で、昨日の迷い子のことも気にする必要なんかないし、だって」
那津は、ゆっくりと首を横に振った。
「違うよ、宇多さん。私が、自分で決めたんです。今日、裁判所へ行ってきます」
ミツキが願ってくれた幸せ。
那津も同じことを願った。
「だって、ミツキ様は……」
そう言いかけた宇多は、口を噤んだ。
神使の宇多がどれほどミツキの心を分かっていても、それを口にする権利はない。
一番、思いを伝えたいミツキが、何も言わないのだから。
「……本当に、いいんですね」
那津は、宇多の手を優しく握り返した。
「宇多、今から那津と約束がある。外してくれないか」
「……承知いたしました」
返事をした宇多は、那津から手を離して一歩下がった。
「宇多さん、本当に、いろいろありがとう。私がミツキのところに辿りつけたのは、宇多さんのお陰です。きっと、もう会えないだろうけど、いつか、もし生まれ変わって会えた時は、また、兎の姿の宇多さん抱っこさせてください」
現世で、出会った兎の宇多を抱きしめた時の温かさを、那津は今でも覚えている。
「そんなの……いくらだって、好きなだけ触っていいんですから」
ずびずびと、鼻をすする宇多は別れを惜しんでぼろぼろと涙をこぼしていた。
「ありがとう」
那津は、そういって、宇多に手を振って別れた。
ミツキが住んでいる社は、本当に現世と同じだった。
違うのは、自分が死ぬ間際に行った朽ちた建物ではなく、初めてミツキと出会った時と同じ姿でその場所に建っているところ。
建物の裏手には、変わらず大きな石があった。翼を出したミツキに手を引かれ、ふわりと飛び上がると、石の上に二人で座った。
何もかも思い出と同じなのに、目の前に広がる景色が異なっていた。
キラキラと光り輝いている世界が眼下に見えた。朝日に照らされて、それは宝石のように見える。
ミツキはある場所を指差した。
「あそこが、桃源郷。那津が、ここにきた時に初めていた場所。ホント、なんであんな場所にいたんだろうな」
「ミツキこそ、なんで、居たの?」
「……酔っていた」
気まずい顔をして、ミツキは那津から顔を逸らした。
「お酒は、ほどほどにしてね、ミツキ」
「那津もな」
「ふふふ、確かに」
那津は仙桃を食べてしまった時のことを思い出してくすりと笑った。飲んだことはないけれど、きっと自分はお酒に弱い。生まれ変わって飲むときは、気をつけた方がいいかもしれない。
もちろん那津としての記憶が、全てなくなってしまうことは分かっていた。
(でも、何かの弾みで思い出すかもしれないし?)
「那津。やっぱり、那津と昔みた景色の方が綺麗だろうか……ここはずっと同じ景色だから、面白みがない。けど、あの頃は、お前にも見せたくて、すごく綺麗だ、なんて言ってしまったんだ」
隣を見るとミツキの耳は少し赤くなっていた。那津も逆の立場だったら、ミツキと同じことをいうと思った。
好きな人と同じ景色を見たい。
「ミツキ、素敵な景色ってね、一人で見ても感動するし、綺麗かもしれないけど、誰かと見ると、もっと素敵なんだね……だからね、私、比べることなんて出来ない。あの日も、今日も、隣にミツキがいるから、特別」
「そう、かもしれないな」
「ここに、これてよかった」
那津は眼下に広がる景色を見ながら、ミツキの肩に寄りかかった。最後に願いが叶ってよかったと那津は思った。
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