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二人の日常1
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「葉月さん、今年度の記者見習いの方、いらっしゃいました。」
「わかりました。応接室にご案内してください。」
「はい」
とある出版社に、若い男性が訪ねてきた。
大きい会社というわけではないが、ある旅行雑誌が人気を博している。
その中の隠れた名店や旅館を紹介するコーナーの文章が美しいと話題になり、
最近ではフリーの記者がノウハウを伝授してほしいと
会社を訪ねてくることが多くなった。
最初は断っていたがそれでも希望者が多く、短期間の記者見習いという形で良いのならばと
渋々受け入れるようになった。
ただ、記者見習いになる為には漢字や文章構成力を問う筆記試験、
指定された地方へ赴き、隠れた名店を探し一つの記事を作る実技試験を受けなければならない。
この『入門試験』が難しく、筆記試験で合格に届かない者が殆どで
入門者はほぼいないに等しい。
仮に入門できたとしても研修が厳しく、任期を全うできた者は今まで一人もいなかった。
厳しいと言っても、自分が普段行っている取材であると当の人気記者・葉月は常々思っていた。
地方を飛び回り、時に歩き、時に罵られ、時に媚を売られ、人との距離を一定に保ち
客観的な判断を欠かさず良し悪しを判断する。
良いと感じた店でも取材拒否をされたり、許可が降りても如何にその店の良さを文章だけで伝えるか、
主観が入っていないか、同じ言葉を繰り返していないか、話し言葉が入っていないか……
強靭な精神力と基本的な国語力、何より体力が必要で、
冷暖房完備の部屋で文字を打っていればいいだけだろうという考えの記者や
これまでの経歴を掲げ自身の価値を高く見積もっている記者たちには到底耐えられなかった。
葉月からすれば記者見習いは必要なく、正直足枷でしかない為そもそもこの制度をやめてもらえないかと
上司に相談はしていたのだが、次の合格者で最後にするから。と言われ2年程経っていた。
その2年間にも研修はたった一ヶ月しか行っていないのだが、それでも葉月にとっては苦痛だった。
乗り気ではないが今回合格者が出たことで記者見習い制度は正式に廃止となり
今回も一月程で辞めていくだろう。そうすれば自分は自分の仕事に専念することができる。
少しの開放感を得ながら葉月は応接室にて記者見習いを待った。
「失礼します」
「どうぞ」
入ってきたのは若い青年。
見たところ歳は20代前半か、最悪10代かも知れない程若々しい。
少し癖のある短い黒髪と、赤いフレームがお洒落な眼鏡をかけている。
「すみません、手違いで履歴書をお返ししてしまったようで…見せていただいてもよろしいですか?」
「はい、こちらです」
低く滑らかな声。
少しだが癖のある黒髪。
どこかで見たことがある。いや、知っている人間のものだ。
だが、このような若い友人はいないし、職場にもいない。
取材先で出会った誰かであったか。そう考えを巡らせていたが、目の前に差し出された履歴書に答えはあった。
「赤塚…裕人(ヒロト)さん」
「はい。よろしくお願い致します」
赤塚。自分の知り合いに一人だけいる苗字。
現在寝食を共にし、将来を誓い合った人。
彼の弟?弟などいただろうか?
いや、そもそも彼の家族構成を知らない。
過去を話したがらない彼に切り込んでいくつもりも無い為気にならなかったが、
家族構成ぐらいは聞いておいてもよかったかも知れない。
「あの」
「ああ、すみません。大学生ということですが、学校は?」
「それでしたらご心配に及びません。インターンという形にして頂いています。」
「そうですか。これから様々な地方へ行ったり来たりの生活になりますが大丈夫ですか?」
「勿論です。合格通知が来たときに家族や友人たちに伝えてあります。」
本気で記者になりたいのだろう、用意周到だ。
「では、明日から研修を開始します。まずは、再来月に雪景色や雪に関する祭りをしている地域を調べて頂きます」
「はい。頑張ります。…あの、これは全く関係ないお話なのですが」
少しためらって、決意したかのように話し出した。
その話が本当であるのなら、彼の思い出話の主人公はすぐ近くにいるのかもしれない。
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