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ズン、ズン、ズン、ズン、と重低音が響く店内。
照明を抑えた広い空間は、黒とピンクで彩られてて、あちこちにフラットなソファが置かれてる。
そのソファでは、お揃いのシャンパンゴールドのガウンをまとった男女が、あちこちで抱き合い、もつれ合ってて、目のやり場に困ってしまう。
あれ、絶対入ってるよね。
そう思いつつ、とてもじっとは見てられなくて、オレは震えながら、隅の席でじっとしてた。
オレもみんなと同じくガウン1枚しか羽織ってないのに、妙に熱い。
冷房が効いてないとか、熱気に当てられてるとかじゃなくて、よく分かんないけど、はぁはぁと息が上がって仕方なかった。
「じゃあな、存分に楽しめよ」
オレをここへ連れてきたOBさんは、そう言ったっきり、女の人の肩を抱いてどこかに行っちゃって。
1人でこんな店に放置されても、楽しむどころかビビっちゃって、隅の席から抜け出せない。
帰れるなら帰りたいけど、右も左も分かんない状態で、どうやって帰るのかも分かんないし。誰かに訊こうにも、みんな大体お楽しみ中で、質問できるような雰囲気じゃなかった。
……もう、やだ。
不安で情けなくて、ソファの上でヒザを抱える。
童貞なんか捨てられなくていいから、オレ、やっぱ野球だけしていたかった。
事の起こりは、先週の日曜。大学野球部のOBさんたちを交えての、飲み会の席でのことだった。
「三滝ィ、お前4年にもなって、まだ童貞なんだって?」
40過ぎの大先輩に、ニヤニヤ笑いながらそう言われて。
なんで突然、そんな話を振られたかは分かんなかったけど、まだその、そういう経験がないのはホントだったから、オレは赤くなりながらもうなずいた。
「お前真面目そうだもんなぁ、遊んだことないんだろ?」
納得したように言われても、あまりその辺は嬉しくない。
「え、あ、遊んだことくらいはあります、けど」
そう言うと、「意味が違うよ」ってゲラゲラと笑われた。
遊びは遊びでも、夜遊びの方だって。それは確かに経験がない。
というか、野球漬けの毎日だと、そんな遊ぶ暇もないし。みんな一緒だと思うんだけど、違うのかな?
「童貞だって胸張れんのは、ハタチまでだぞぉ」
って、笑いながら言われたって、出会いもないし、仕方ない。
「は、あ」
曖昧に答えながら小さくなって赤面してると、さっきのOBさんが横に来て、オレの背中をぽんと叩いた。
「よし! 任せろ! 来週、とびっきりんとこ連れてってやる」
「と、とびっき、り……?」
とびっきりって、どんなとこ?
正直かなり不安だったけど、体育会系の飲み会の席で、自分の倍以上生きてる大OBさんに、逆らうなんてできっこない。
冗談半分だと思うけど、周りからも「よかったなぁ」とか「いーなぁ」とか囃されて、結局お願いすることになっちゃった。
でも、どこに連れてってくれるのか、OBさんは何も教えてくれなくて――。
「行ってからのお楽しみだぞ」
って。そう言われて、不安だった。
何より不安を煽ったのは、その1週間後、つまり今日の夕方だけど、まず連れて行かれた場所が、病院だったことだ。
病院っていうか、診療所になるんだろうけど。
夕方の歌舞伎町で、でかでかと「HIV」ってネオン看板の出されてるビルに入ってくのは、すっごく恥ずかしかった。
階段を上がって2階に見えた自動ドアには、「泌尿器科・性病検査」って書いてあって。
「性、病……」
真っ赤になりつつも、オレはそこでOBさんに言われるまま、一緒に尿検査と血液検査を受けさせられた。
1時間もしない内に結果が出て、緊張した割にあっさりと、「どうぞ」って診断書を渡される。
血液検査と尿検査とで、結果が出たのはHIVと梅毒と、C型肝炎とB型肝炎、クラミジア、淋病の6項目、だったみたい。
オレ、未経験だし。結果は勿論オールクリアだったけど、なんでこんなのが必要なのか、その時は意味が分かんなかった。
検査代も、OBさんが奢ってくれたんだ。
「カード、一括で」
受付でそう言ってるの聞いて、慌てて「出します」って言ったんだけど、1人4万だって言われて、更にビビった。
「よっ……」
4万円、って。そんなお金、財布にも入ってない。戸惑ってたら、おかしそうに笑われた。
「いいんだよ、それ込みで連れてくって言ったんだから。診断書、入場券代わりだから、大事に持ってろよ」
4万円の入場券。しかも性病の診断書。
一体どんなとこに連れて行かれるのかと思ったら、こんなトコだ。
診療所を出て、どこをどう歩いたか、もうよく分かんない。歌舞伎町なんて来たの、初めてで。
着いた場所は、重厚そうな黒壁のビルだった。
中に入るとすぐにエレベーターが2基あって、その扉も内装もピカピカだった。中にはテナントの案内が貼られてて、2階から6階まで、スナックとかバーとか、それぞれ違う店みたい。
でも、OBさんがエレベーターに乗って押したのは、「倉庫」って書かれてる地下2階に行くボタンで――。
その時、おかしいなって気付くべきだったんだ。まっとうな店なら、こんな風に地下に隠れたりしない、って。
扉が開いた先には、ホントに段ボール箱が、天井まで積み重なってた。
薄暗くて冷んやりしてて、しーんと静かで。でも、その箱の山を避けるようにして奥に入ると、またもう1つドアがあって、黒服の人が2人立ってた。
そしてそのドアの中が、この店だ。
受付で診断書を出すと、代わりにこのシャンパンゴールドのガウンを渡されて、ロッカーに服も荷物も、全部預けるように言われて。
ギョッとしたし、ドキッとしたし、ますます不安になったのに……どうしてそこで、「帰ります」って言わなかったんだろう。
「芸能人やプロのスポーツ選手、TV局のアナウンサーなんかもいて、楽しいぞ。でも、遠慮はいらん。このガウン着てたら、みんな仲間だ」
OBさんからそう言われたけど、とても仲間とは思えなかった。
オレひとり、場違いで。
はあ、と深くついたため息も、店内に響く音楽の中に空しく消える。
すぐ近くでは、オレでも知ってる女優さんが、何してるのか知らないけど、喘ぎ声を上げてて落ち着かない。
あと何時間、こうして我慢しなきゃいけないんだろう?
「帰りたい……」
思わず本音を漏らした時――。
「あれ、1人?」
響きのいい低い声がかけられて、目の前に大きな体が現れた。
「ひっ」
ギョッとして顔を上げると、キリッと濃い眉の下、目尻の色っぽく垂れた、真っ黒な目と目が合った。
整った顔立ち、短い髪、スポーツマンらしい筋肉質の体を持つその人は、野球やってるならきっと、誰でも知ってる有名人。
プロ野球選手の、羽部さんだった。
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