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孤独 1にしおりをはさみました!
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孤独 1
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7月に入り、再び梅雨空。
学園内は空調がきいているため、じめっとした梅雨特有の湿気が緩和されていた。
わらわらと人が集まる講堂。そこの掲示板には先週まで行われていた学力考査の結果が張り出されている。
とくに興味のない俺は、離れた位置で掲示板に群がる人を眺めていた。
純と亮平は、その人混みの中。
「スゴイな、白川。満点なんて前代未聞みたいだぞ」
そう声をかけてきたのは、宿泊研修の日から1ヶ月ほど姿を現さなかった吉沢だ。
詳しくは知らないが、あの日吉沢の祖母が亡くなったらしい。
よほど親しかったのか吉沢は塞ぎこみ、しばらくの間学校を休んでいた。
今見る限り、とくに塞ぎこんでいるようには見えない。気持ちの整理がついたのかな。
「え?」
満点、の声に俺は吉沢を見返す。
「結果、見てないのか?」
「うん。興味ないし」
すると吉沢は苦笑い。
「満点一位が何言ってんだよ。さっきから白川のこと、驚きの顔で見てる奴いっぱいだよ?」
そういえば、さっきからチラチラと見られていたな。
いつものことなのでスルーしていたけど、よく見たらいつもとは違う視線だ。
「聖夜ー!お前すげー!」
亮平が人混みの中から飛び出し、駆け寄ってくる。純も後ろに続いていた。
「満点だよ!聖夜ってばすごい!」
純も自分のことのように興奮する二人に思わず笑う。
「俺のことはいいから。二人はどうだったんだ?」
「俺は15位」
「僕は23位。吉沢くんは?」
「俺は40位だった」
「えー!吉沢ってもっと頭良かっただろ?」
亮平が意外だと叫ぶ。
「あ、吉沢くん休んでたもんね」
「んー、まぁね。やっぱり1ヶ月分を取り戻すのは大変そう」
苦笑いをする吉沢とともに行動を後にする。寄るところがあるという吉沢とは途中で別れ、俺たち三人は寮へと帰ってきた。
今日は半日で終わり。担任から10教科分一気にテストを返され、ホームルームをしただけで終了。
寮に戻り、着替えた後食堂に向かう。その間もチラリチラリと俺に送られる視線。
「聖夜!」
食堂中に入ると俺を呼ぶ声。目を向けるとそこには奏、肇、葵の三人がいた。
最近はよく、この三人とご飯を食べたりしている。奏とは休みのときに二人でケーキを食べたりしていた。
六人でテーブルを囲み、俺はカルボナーラを頼む。
「時の人だな、聖夜」
ニヤリと楽しそうに笑いかけてくる葵。
「そう言う葵だって、二位だったじゃん」
亮平の言葉に、俺は葵を見る。いや、意外すぎて…。
「それで肇くんが三位で、奏くんが四位だったよね」
すごいよねー、と純が感心するようにつぶやいた。
「いや、聖夜には敵わない。まさか満点なんてな」
肇が苦笑しながらそう言ったのに、奏もうんうんと頷いていた。
ご飯を食べ、メニューに新しく追加されたデザートプレートが俺と奏の前に置かれる。
相楽先輩が本当にメニューに入れるように言ってくれたみたいで、今日から食べれるよって教えてくれていた。
「うまっ!少しずつを色んな種類食べれるのって、幸せだな、聖夜!」
「うん。あ、このピスタチオのアイスうまい。食べてみ?」
「うっわ、マジうめー」
二人でデザートを食べている間、残りの四名は微笑ましく俺達を見ていたけど、俺と奏は全然気付いてなかった。
デザートを完食し紅茶を飲んでいると、ズボンのポケットの中で携帯が震える。
鳴っていたのは黒の携帯。
着信画面を見た瞬間、体が冷えた。震える手で、通話ボタンを押す。
「…はい、────え?」
耳に届いた言葉を、脳が理解するまでに時間がかかった。
¨お母さんの病状が急変したの。直ぐに来て¨
電話の向こうから、俺の名前を呼ぶ声が響く。
俺の様子を訝しく思った亮平が、俺の肩を叩いた。
「聖夜?どうした?」
「…母さん…、急変…」
「聖夜?ちょ、貸せ」
呆然とつぶやく俺を見て何かおかしいと思ったのか、亮平に携帯を奪われる。
だけど俺はそれに反応することなく…言われたことで頭がいっぱいだった。
母さんの病状が…急変…?
──いやだ。置いていかないで──。
瞬間的に、俺は駆け出す。
いやだ、いやだ、いやだ。
エレベーターを待っていられず、一気に階段を駆け降りる。
ロビーに着き玄関を出ようとした瞬間、グイっと誰かに腕を引かれた。
「ちょ、聖夜!待て!」
「離せ!母さんが!」
「分かった、分かったから!落ち着け!純!寮管に言ってタクシー呼んでもらえ!」
「分かった!」
「はなっ…母さんが…!」
「聖夜!タクシーがすぐ来るから!タクシーで行った方が早いだろ?」
「りょ、へい…」
「すぐ来る。落ち着け。な?」
軽く息切れのした亮平が、俺をなだめる。近くには、奏たち三人の姿もあった。
玄関で椅子に座りながら、拳を握ってじっとタクシーを待つ。
母さん、嫌だよ。ひとりにしないで。
母さんが居なくなったら…どうやって頑張ればいい?
到着したタクシーには、純と亮平も一緒に乗ってくれた。
病院までの道のりの中、俺は必死に願う。
お願いだから、母さんを連れていかないで──…。
病院の前に到着し、俺は一目散に病室に向かう。
病室に入ると、先生と看護師たちが世話しなく動いていた。
その緊迫した雰囲気に、俺は怖くなる。
その時ふいに、昨日母さんと交わした会話を思い出す。
目を覚ました母さん。学園の様子を色々話していると、突然目を細めて笑った母さんは。
¨聖夜、大きくなったわねぇ…¨
そう言って、懐かしむように笑ったんだ。
¨なに、急に¨
そう返す俺に、母さんはただ笑っていた。
その時、俺は言い表しようのない、キュっと胸が詰まるような感覚に陥った。
母さんがどこか儚げに見えて…何だか泣きたくなったんだ。
なに…?あれは予兆…?
母さん。
いやだ。
いなくならないで。
ひとりにしないで。
何度も何度も、繰り返し願う。
母さん───…。
ピッ、ピッ…と鼓動を告げる機会音が部屋に響く。
病院から電話があった日から、3日が過ぎた。母さんはなんとか一命を取り留めた。
俺は怖くて母さんの側から離れることが出来ずにいた。
夜も、眠れない。
寝ている間にいなくなってしまうんじゃないかと、不安でたまらない。
最初はそんな俺をそっとしておいてくれた病院スタッフも、眠りなさい、食べなさいと声をかけてくるようになった。
眠りたくない。
お腹も空かない。
俺は首を横に振り、母さんの側に居続けた。
母さんの手をギュッと握る。
シュー、シュー、と呼吸を促す酸素マスクの音。
まだ、息をしてる。
ピッ、ピッ、と鼓動を伝える機械の音。
まだ、心臓は動いてる。
──母さんは、生きてる。
だけど、怖い。
体が震える。こわい、コワイ、怖い。
襲う、孤独感。
この世界で、ただひとり残される…そう思うと怖くてたまらない。
「──っ…。目を覚まして…。大丈夫だって笑ってよ、母さん──…っ」
押し殺せなかった嗚咽が、機会の音にまぎれていたーーー。
「聖夜くん。一度帰りなさい」
木宮先生が病室に入ってくるなり、心配そうな顔をしてそう告げてくる。
「顔色も悪い。満足に食事も取らないし、寝てもいないだろう?
そんなんじゃ君が倒れる」
俺は首を横に降る。
「君が倒れてしまったら、お母さんが悲しむよ?今お母さんは安定してるし、私たちがついているから一度帰りなさい。
明良たちも心配してる」
木宮先輩の名前が挙がったことに、俺はそばに立つ先生を見上げた。
「明良と同じ学園だったんだね。君の友達が状況を先生に説明してくれたみたいだよ」
そう言われて、気づく。
純や亮平がいつ帰ったのかも知らず、学園にも連絡していなかったことに。
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