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閑日月にしおりをはさみました!
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閑日月
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仲影様とともに遅い朝食をすませると、もう陽は天高く昇っていた。昨日買われて、そのままなぜか裸で添い寝されて。なにか好意のようなものを感じなくはない。
私は怖いのだ。その向けられているものがなんなのかを知ることが。
父上はたまに窓の外から私を見ていた。
その眼には親が子に向ける情愛とは全く別の異質なものがあって、冷水を浴びせかけられたかのような衝撃を受けた。私が見ていることに気づいた父上は慌ててその場を去ってしまったが……。むしろその場で堂々としていてほしかった。そうすれば、私も錯覚だとも思いこめたのに。これでは不純な思いを抱えていたと告白するようなものではないか。
「伯岐?」
私を覗き込み声をかけてくださる仲影様その声はとても優しくて、なぜだか涙が出そうになる。母親には愛情を注いでもらった記憶がないし、父親のそれは、あれ以来避けてしまったから。確かに愛情の籠ったその言葉にほだされているのも事実ではある。
でも、なぜ私なのだろう。私は他人とは違う。外見はもちろん、仲影様にはまだ話してはいないが視る力も弱い。昔医者にいずれ光を失うだろうと告げられたことで子供心にかなりの衝撃をうけたことも覚えている。
芸術的才能を持つ才人なら、話を聞く限りほかにもたくさん抱えているのだろう。その中で、私の才を認めてもらえたのはとても嬉しいことだ。
「ここは暇だろう?もっとも、君はそのままでもずっと暇だったのかもしれないが」
「……え、と」
なんと答え難いことを聞くのだろうかこの人は。毒を吐いているつもりなのか、それとも私を気遣ってくれているのか。確かに家に引きこもってもしていることは詩作だけだから暇といえば暇だったのだが。
「今日は講談でも聴こうか。演目は何がいいかな?私は講史のほうが好みなのだけれど」
「……華代六史、がいいです」
「随分古い演目を知っているんだね。わかった、支度させよう」
古臭い、とあまり人気のない神話の時代の歴史というのが私は好きだった。私が部屋に持ち込んでいた本の大半もそれだ。詩のなかにもたびたび神仙の話を持ち出した。神仙の話は空想の世界を広げてくれる。
やがて仲影様が言っていた講談師が部屋にやってきた。私を見て随分驚いたようだ。
「どうも、鄭大人。今日はここで、ですか?……これは美しい御嬢さんだ」
「あー、叔成?何か勘違いしているようだが、伯岐は男だよ」
講談師の目が大きく見開かれる。そんなに驚くことだろうか。女性に間違えられること自体にはもう慣れているが、やはり少し悔しい気はする。
「……このなりでついてるんですかい!?」
「品のない言い方はやめなさい」
呆れたように溜息をつく仲影様。私をじっくり眺めて、へーとかほーとか感嘆の声を漏らしている。物珍しいのは仕方ないだろう。
「さて、それより仕事仕事。で、今日は何を?」
「華代六史、だね」
「また古い演目じゃないですか。ちゃんと頭に入ってるんで問題はないですけどね」
「叔成はね、現存しているほぼすべての演目を記憶しているんだ。しかも語り口も上手い」
「おだてたって何も出ませんよ」
ニカッと笑う講談師は席に着くとぴしゃりと机をたたいた。
「さて今日お話ししますのは昔々の神代の時代のお話。今では華代六朝と呼ばれる……」
朗々とした声で語る話に耳を傾ける。仲影様のほうを見ると、真剣に講談師の話を聞いていた。私の視線に気づいたのか、こちらを振り向いてにこりと笑う。ただ、それだけだがその距離感が妙に心地いい。
「……ということで今回のお話はここまででございます。また次回」
思わず拍手を贈った。夢中で聴いていたが、確かに腕はすごいものだった。想像力を掻き立てられる話し方、とでも言うのだろうか。
「いやー、綺麗なお嬢さ……じゃなかった、美少年が前だと気合が入りますねー」
「ああ、いつもよりよかったよ、叔成」
「また聞かせてくれますか」
「あー、確かにこうやって声を聞くと、男なんだなぁ……」
「叔成」
「あいや、これは失礼」
何故かしみじみと言われてしまった。ぴしゃりとたしなめる仲影様はけれど大して怒っていないように見える。
「それじゃあ、小生はこの辺で。また呼んでくださればいつでも続きをお聞かせしますよ」
「ああ、近いうちにまた頼むよ」
柔らかい笑みを浮かべた仲影様は講談師を送るためだろうか、私の頭を撫でてから部屋の外に行ってしまった。
独り残った大きな部屋で、講談師の流れるような言葉を頭の中で反芻していた。
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