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沈淪にしおりをはさみました!
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沈淪
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あの方が左足の治療のために外に出て行ってしまい、部屋には私と狂剣のみが残された。
この男のことは風のうわさに聞いていた。金さえ積めばなんでもやる、剣の腕の凄まじい剣客がいる、と。実際会ってみてその実力を確信した。だからあの方に推挙した。
「……王の牙が、聞いて呆れる」
その言葉に一瞬我を忘れ狂剣に殴りかかりそうになったが、一瞬で醒めた頭はその言葉を反芻し、違いないじゃないかと自嘲する。しかし、なぜこの男は私の事を知っているのだろうか。
「君はなぜ私の事を知っているのかな」
「覚えていないならいい。……飼い犬が」
狂剣の口調はやたら刺々しく、その眼は鋭かった。なにか、失望のようなものすら感じられるのはなぜだろうか。
確かに、王家の牙たるものが、落ちぶれたものだ。私も父からこの術を受け継いだ。父は発狂して事件を起こし、口封じにそれ以降一生牢で幽閉され獄死した。
商家の血に流れる狂えるもの。愛しい息子たる景にも確かに受け継がれているはずだが、あの子にはそうなってほしくはない。だから、私は景を手放したのだ。
結果的にそれが正解だったと言わざるを得ない。あのまま景を引きこもらせていたら、私はこの男とともに景すら手にかける必要があったのだ。
「そうかも、しれないね」
「王の牙が、なぜ私兵まで落ちぶれた」
「私とあの方の利害が一致したから、それだけだよ」
私はもう商家という家をつぶしてしまいたかった。即位したばかりの優しすぎるあの王ではそれを決して許さないだろう。ただ、あの方は自分の目的のためなら何をしてもいいとおっしゃってくれた。だが、その目的のなかに景が入れば、私はあの方に牙を剥くだろう。
あいして、いたのだ。
私は景を愛していた。美しく神秘的な容姿と庇護欲を誘う性格、そして血のつながった肉親であるということが私を狂わせる。だが、見とれていたことに、景は気づいてしまった。私はあのとき逃げなければよかったのかもしれない。そうすれば、きっと錯覚だと思い込んでくれたはずだ。あれではそういう感情を抱いているとありありと告白してしまったようなものではないか。
「……仕事の話をしようか」
「地形はお前の方が詳しい」
「ああ。我が家だからね」
一人残らず始末する。だが、その前に家の外に逃がしたものはどうするかは言われてはいない。そして、景を逃がしてから、私は妻を呼び寄せた。離縁したものの、どうも私に未練を持っていたらしく喜んで戻ってくると言っていた。
「人数は」
「本家も分家も同じ邸で過ごしているから、そうだね、使用人も含めて五十人ほどだろうか」
「正確な人数は」
「それは私にもわからないな。興味がないから」
分家が何をしているのかは全く興味がない。昔から甘い汁を吸ってきただけの、少々能力のある官僚というだけだ。王の牙で、分家をよく思っている者など一人もいなかったのではないだろうか。父も、ずっと毛嫌いしていた。
「何も思わないのか」
「私はこの家をつぶしたいと思っているからね」
嗤った私に、狂剣は驚いたようだった。
「いつがいい」
「そうだね、一か月以内には、済ませてしまおう。すぐは無理だ。まだ準備があるからね」
そう。景以外の商家に関わるものを一人残らず消してしまう。それは私も例外ではない。
窓から空を見上げると、嫌味なほどに空は青く澄み渡っている。
空を眺めながら、ひとつ、溜息をついた。
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