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昏迷にしおりをはさみました!
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昏迷
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書斎に続く夕陽に染まった廊下を荒い沓音をたて歩いていた。
私は今至極機嫌が悪い。
なにもかも、管瑯のせいだ。あの男のせいで、伯岐を怯えさせてしまった。管瑯にだけではない。私に対してもだ。
私は決して清廉な男ではない。裏では管瑯のような者たちと繋がって、色々と為してきた。いえば私の官僚人生が脅かされるようなこともやっている。
ずっと邪魔で仕方なかった兄と父も消させたのだ。まあ、それをやった賊には他の賊を嗾けて一人残らず消えて貰ったが。
私に縋り付く伯岐は可哀想なほどに震えていて、私が触れてもその震えは治まらなかった。
縋るしかない私もまた、伯岐にとっては恐ろしい存在に違いない。そういうところを見せてしまった。けれどあの時弱腰になっていれば、管瑯は伯岐という私の弱みを握ろうとするだろう。裏の世界なぞそんなものだ。
宥めてはみたが食欲もなく、私の一挙手一投足に怯える伯岐は見ているこちらがつらくなる。本当はあんな穢い私は見せたくなかった。触れても慰めても癒せない伯岐の傷は、一体どうすればいいのだろうか。
溜息をついて廊下から庭を眺めた。離れにある伯岐の部屋がなぜかじっとりと湿っているかのように思える。虫の知らせとでも言うのだろうか。なにかとても嫌な予感がする。
慌てて伯岐の部屋に向けて走る。途中で部屋から、がしゃん、と陶器の割れる音がした。
予感は間違っていなかったらしい。慌てて扉を開くと、血の匂いが漂っている。伯岐の姿を探す。……いた。
私に気付かないまま、寝台の上で伯岐は割れた陶器の破片を手首に押し当てていた。血が溢れているにもかかわらず、ぶつぶつと何やら呟きながら何度も何度も深く深く傷をつけている。
「伯岐!」
大声で叫んだが伯岐はこちらを振り返ろうともしない。
「すきにならなきゃ、すきにならなきゃ、すきにならなきゃ、わたしは、すきにならなきゃ……」
そんなようなことを呟きながら思い切り陶器の破片を振りかぶったその手を掴む。
やっと振り返った紅い瞳が、淀んでいた。生気のない濁った二つの瞳と血が流れたせいか普段よりも青白い顔に身震いする。
ぱん、と大きな音がするほどに私は伯岐の頬を張っていた。
伯岐は我に返ったのか、瞳に大粒の涙を浮かべてがたがたと震え出す。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!!」
泣きながらただ謝る伯岐は見るに堪えない。
「伯岐はわるいこです……!やくそくをやぶりました……!わるいこなんです!」
「いい加減にしないか!」
思わず怒鳴ってしまった。しかし、伯岐の様子がおかしい。普段以上に幼すぎるのだ。
「……とにかく、早く手当てをしよう」
手を引こうとすると、首を横に振り無い力で必死に抵抗する。おそらく、私だと駄目なのだろう。医者を呼ばせ、使用人に運ばせる。おとなしく運ばれていく伯岐はいつもより小さく、まるで人形のように見えた。
……振り出しどころか、それ以上前に戻ってしまった。
手当てを受け精神を落ち着ける薬を飲まされ眠る伯岐に苛立ちだけが募る。
私は……一体どうすればいいのだろうか。触れれば怯え、慰めても慰められず。権力を持っていても、こんな時には全く役に立たない。
思い切り壁を殴る。陰鬱な気持ちでただ眠る伯岐を眺めていた。
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