アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
雨涙にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
雨涙
-
雨がしとしとと降り続いている。
ふと窓の外を見ると、既に遥元殿の姿はなかった。
こんな雨の日には、詩想をかきたてられる。窓の外に浮かぶ普段とは違った庭の風景に見惚れる。薄暗く霞む景色はなんともいえず幻想的でそのあたりからなにか人ならざるものが飛び出してくるのではないかとわくわくする。
瑶元殿の言っていた贅沢な、という意味をぼんやりと考えていた。瑶元殿はもしかして、仲影様に誰かをとられたのかもしれない。それが誰かまでは想像がつかないが、仲影様が要らない、と言っていたのだからおそらく女性。私がこの家で知っている女性は仲影様の奥方様と使用人の女性だけだ。近そうなのは使用人の女性よりも奥方様だとは思うが、瑶元殿と結びつけるのがどうにもしっくりこなく、首をひねった。
「伯岐?桃を持ってきたが、食べるかい?」
「はい……!」
仲影様が戻ってきたことで思考を中断する。手があいていないらしく扉を開けるように頼まれ、扉を開くと仲影様はその両手に大ぶりの見事な桃の三つほど入った籠と剥くためのものだろう、小刀を持っていた。
机の上に籠を置き、椅子に座ると仲影様は慣れた手つきで桃を剥き始めた。甘い香りと果肉からにじむ甘そうな果汁。思わず身を乗り出してそのさまを見ていると、仲影様は苦笑した。
「君は本当に桃が好きなんだね」
「はい……」
少し、はしたなかっただろうか。おとなしく椅子に座り直すと、またそれが可笑しかったらしい。
仲影様は楽しそうに、桃を剥いていた。少しすると、大きな三つの桃はすべて剥かれて櫛状に切り分けられた。とても、美味しそうだ。
仲影様は清潔な布で手を拭くと、腰につけていた袋から小さな壺と杯を取り出した。手に持ちきれずに持ってきた荷物はまだあったらしい。杯に壺の中身をあける。匂いからすると酒のようだ。仲影様は桃は食べずに酒を呑むのだろうか。それにしては、私が食べるだけでは桃の量が多すぎる。
「違うよ、桃は肴。甘いもので酒を呑むのが好きなんだ」
私の思考を読んだような返答が返ってきた。それでも訝しむ私に仲影様は桃を手で一つつまんで食べては、酒をのんでみせた。
「うん、美味しい」
見せつけられて私も食べたくなった。桃に手を伸ばすと、ひょいとそれを取り上げられる。落胆の色が顔に思い切り浮かんでいたらしい。仲影様はくすくすと笑いながら、桃を一切れつまんで私の前に持ってきた。手から食べろ、ということらしい。
おそるおそる顔を近づけて桃をかじる。柔らかい果肉が口の中で溶けて甘い果汁と香りが口いっぱいに広がりなんとも幸せな気分になる。ひとつ、食べてしまうと次が欲しくなる。強請るように見上げると、仲影様は苦笑してもうひとつ、桃をつまんで私のほうに近づけた。
「美味しいかい?」
「とっても」
「それはよかった」
酒を飲みながら、仲影様はうれしそうに言う。まるで親鳥が雛に餌を与えるかのように、私に桃を食べさせていく。
桃を食べながらの会話はこの雨のことだった。詩にするならどんなものか、雨の日に現れる人ならざる者とはなにか、など。いっそ雨が桃の果汁であればいいのになどと言ったら仲影様に大笑いされてしまった。蟻が大喜びするね、とおかしそうに言う。たしかにべたついてあまり気味のいいものではないかもしれない。
桃が最後の一切れになって、仲影様は私の口元にそれを運んだ。最後は仲影様が食べてください、と言ったのだが、何やら意味深に笑うばかり。どうも何かたくらんでいるらしい。
恐る恐る桃をかじる。仲影様の手が離れて桃が落ちそうになる。慌てる私に仲影様は顔を近づけて、反対側から桃をかじった。慌てて桃を噛み切って後ろに引こうとする私の頭を押さえつけられる。おとなしく食べ進めていくと、仲影様の唇と己のそれが触れ合った。
どきりと心臓が高鳴る。
唇を舐められた。背筋がぞわりとする。昨日の夜の熱さを思い出させるような淫靡なものだった。唇を薄く開くと、仲影様が喉で笑ったのが聞こえた。
深くねばった水音がするほどに唇を貪られる。私はただその桃の味と酒の匂いがする口付けに翻弄され続けた。互いの顔が離れると、仲影様はにやりと笑う。
「ふふ、御馳走様」
「っ、仲影様……!」
顔が熱くて仕方ない。もう幾度か肌も合わせたのになんでこんなに口付けだけでどきどきさせられるのだろうか。
「私は伯岐の事だけを見ているから。道理から外れていようが、これで地獄に堕ちようが構わない。誰よりも愛しているよ」
真剣にそう言うその顔つきはさっきまでの策士の顔ではなく誠実な男の顔だった。遥元殿の言葉を、仲影様も気にしていたらしい。私の胸の奥にできたしこりを、仲影様はいともたやすく溶かしてしまった。何故だろう、涙がこぼれて止まらない。
「仲影、仲、影……っ……!」
泣き崩れる私の頭を、椅子から立ち上がった仲影様は私の隣に来てゆっくりと、大きな暖かい掌で撫でてくれた。
この人は、一体どこまで私を夢中にさせれば気が済むのだろうか。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
36 / 68