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桃源にしおりをはさみました!
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桃源
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「黄医師、お疲れ様。今日もありがとう」
「……ああ。また五日後に来る」
「頼むよ」
講義がようやく終わったらしい。伯岐の部屋から出てきた黄老師に礼を言い、桃の入った籠を抱えて離れに歩いて行く。疲れには甘いものが一番。桃なのは単に伯岐の好物だからだが、最近あまりに桃が多くて伯岐は飽きはしないだろうか……。
「伯岐、開けるよ。また桃を持ってきたんだ」
「仲影……!」
今まで机に向かって黄老師から出された課題をこなしていたらしい。こちらを振り返る伯岐は目を輝かせていた。その視線は……私ではなく桃に注がれている。すこしばかり妬けるが桃に嫉妬したところで何にもならない。
「本当に、桃が好きだね」
「はい……!桃だけは、どれだけ食べても飽きません」
嬉しそうに言う伯岐に持ってきたかいがあったと思わず頬が緩んだ。椅子に座ると伯岐がわくわくしながら私の手元を見ている。早く剥いて欲しいと言わんばかりだ。
仕方ないから伯岐の要望に応えてやることにする。小刀を取り出して剥いていくと、甘い香りがふわりと立ち込める。果汁が滲み出て、その瑞々しさを視覚から訴えている。ああ、いつものことながら何故桃はこんなに視覚からも甘みとみずみずしさを伝えるのか。
櫛形に切り分けると、伯岐の手の届かないところに置く。残念そうに、しかしどこか期待をしたような視線を私に向けている。私ではなく桃にばかり注意を向けている罰だ。今回も私の手から食べてもらおう。
「あの、仲影。聞いて欲しいことがあるのです」
「何かな?」
私の手から桃を食べながら、伯岐は遠慮がちに言う。何を言おうとしているのか察しはついたが、叔成と長義にばらさないと約束したのだ。何も言わないで伯岐の話の続きを待つ。
少し迷って、やおら伯岐は話し始めた。
「仲影。私は、あなたの隣にいるにふさわしい男に、なれるでしょうか」
「もちろんだ。君ならなれるよ」
「……彫り物を入れたいのです」
「何だって?」
一応、ここは渋らなければいけないだろうと思う。伯岐はびくりとして、少し怯えたような顔をした。だが、既に心は決まっているらしい。しっかりと私を見据えてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「けじめを、つけたいのです。庇護されるものから、隣であなたを支える男に生まれ変わるために。それを見れば、いつだって思い出せます。……実は、もう図案を考えてもらうように長義殿に頼んであるのです」
「別に、彫り物をいれる以外にもけじめのつけ方はあるだろう?わざわざ一生消えないものを体に刻む必要はない。最初に約束したろう?自分を傷つけるようなことは許さない……と」
「それでも私は……商景という、詩人血雲というあなたに庇護されているものから変わりたい。図案は翼にしてもらうように、頼みました。翼を生やして、あなたの腕の中から飛び立ちたいのです」
伯岐の言葉を聞いてやはりよかった。黒い翼で私の庇護の中から飛び立ち、舞い降りるのは私の隣。あでやかな黒い翼を生やした伯岐はきっと、美しい。そして、そのすべてが私のものなのだ。
「……わかった。腕のいい彫り師を探してあげよう。一応、長義の図案にも私が口を出す。それでいいね?」
「はい……!ありがとうございます」
目を輝かせ頭を下げる伯岐に微笑んでみせる。……既に長義の図案には、翼は三対にするようにだとか、尾羽もつけるようになどと口出ししているのだが、それは言わないでおこう。
桃を伯岐の目の前に置く。目を丸くした伯岐に微笑んでみせる。
私の意図を察してくれたらしい。一切れつまむと私の口元に運んでくれた。伯岐の指ごと銜えて甘い果汁を味わう。悪戯心が芽生えて指を舐めてやれば、伯岐の身体が面白いように跳ねた。恨みがましく私をにらむ伯岐もまた可愛らしい。
指を離しその手を清潔な布で拭いてやる。
「君が私の隣にあるに相応しい男になれたなら、私が君に名前をあげよう。私と君しか知らない、私だけが呼ぶ君の名を、ね」
伯岐はこくりと頷いた。魅入られたかのように私をぼうっと見つめる瞳。それがとても魅惑的で、私の方が魅了されてしまいそうだった。
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