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転生にしおりをはさみました!
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転生
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あれから十日ほどの時間が経った。朝餉を平らげのんびりしていると、仲影が誰か知らない人を連れて私の部屋に来たのだ。とても美しい、褐色の肌の女性。紫の眼が、異国の血を感じさせる。
彼女は私を値踏みするように眺め回した。
「彼女は星。王都いちの、いや、この国一の彫り師だ」
「褒めたってお代は安くはなりませんわ。初めまして、坊や。……彫り物が映えそうな綺麗な肌をしているのね。素敵だわ……」
体をそっと撫で回される。仲影以外に触れられているのに、不思議と不快感はない。
仲影が懐から紙を取り出す。長義殿に頼んでいた図案は完成していたらしい。広げられたそれはとても美しい三対の黒い翼と、艶やかな尾羽。やはり長義殿に頼んでよかった。とても素晴らしくて見惚れる。これが、私の背中に……。
「塗る痺れ薬を背中全体にして、それが効いたら始めましょう。貴方も見ていなきゃ駄目よ。坊やが安心していなければ、綺麗な彫り物はできないわ」
「分かっているとも」
「さ、坊や、服を脱いで」
言われるがままに帯を解き着衣を脱いで生まれたままになる。流石に恥ずかしくて、手で覆い隠した。
「ふぅん、貴方たち、そういう関係なのね。かわいい愛人のおねだり、かしら?」
「ふふ……まあ、そんなところだ」
どうも仲影に刻まれた所有印を見られたらしい。真剣な顔になった彼女は寝台に布を敷いた。そこに横になれ、ということらしい。
促されるままに横になると軟膏を塗りつけられた。どうやら塗った箇所を痺れさせ、痛みを軽くするものらしい。
「どんな感じがするかしら?」
「なんだか、変な感じです」
「効く前に、下絵を済ませるわ。坊や、動かないでね」
筆で長義殿の図案が書かれているらしい。というのも、体を動かせないからまったく見ることができないのだ。
「尾羽は次の時にしましょう。まずは背中ので慣れてもらうわ。……彫る方のことを考えて作られているのね、この図案。素晴らしい画家だわ」
「自慢の食客さ。君も食うに困ったらうちに来るといい。君のような見事な彫り師なら歓迎しよう」
相手が女性なのもあり、まるで口説いているかのようだ。 そうではないとわかっていてもどうも何かもやもやする。仲影の言葉に、彼女はくすくす笑っていた。
「考えておきますわ。……筆の感触はあったかしら?」
「途中からは、ほとんどわかりませんでした」
「それでいいのよ。さて、それなりに軽減されはするけれど、痛いわよ。そして、彫り物は坊やの体に一生残るの。……後悔はないわね?」
「……はい。お願いします」
「普段通りに話していて頂戴。それじゃあ、始めるわ……」
なるべく、普段通りに話をする。久しぶりに、詩の話をした。黒い翼、鴉の話だ。鴉とは、とても頭のいい鳥であるという。人の手から餌を狙う時も女子供や老人からで、大人の男は狙わない、とか。
一度詩にしてみたい。死者の骸にたかるもの、という定義を捨てて、他の語り口から鴉を詠ったら、きっと面白い詩ができるだろう。
痛みは常に襲ってきていた。しかし、耐えられないほどではない。仲影がそばに居てくれるのもあって、安心していられた。
どれだけの時間が経ったかよく覚えてはいないが、彼女が顔を上げて大きく息をつき、針を容器の中に放り込んだ。
「終わりよ。お疲れ様、坊や。よく耐えたわね。偉いわ……」
「ありがとうございました」
「とりあえず、寝るまでは布を巻いておいて頂戴。そのあと空気に触れさせて、十日間は軟膏を渡すから、それを日に数度塗っていて頂戴。彫り物は毎日洗って清潔に保つこと。瘡蓋ができるかもしれないけど、剥がしちゃだめよ?掻くのもだめ。半月はきちんと服も清潔で柔らかいものを選んで。一月ほどで綺麗な彫り物になるはずだわ」
「ああ。わかった。ありがとう」
「それじゃあ、お代は明日もらうから。今日はきちんと坊やについていてあげなさいよ?」
ただ横になって話していただけなのに、とても疲れた。身を起こすと、彼女は片目を瞑ってみせ、部屋から出て行った。
仲影に布を巻かれる。頭を撫でられるととろとろとした眠気が私を襲う。
「疲れたかい?」
「はい……」
「無理もない。もう日が暮れかけている……まあでも、並の彫り師なら三回から四回に分けるところをたったこれだけの時間でやってしまうのだから、流石だね、彼女は」
そういわれてふと窓の外を見ると、空が橙と濃紺に染まっていた。
随分と長い時間かかっていたらしい。確かに、背中全体にかかる大きなものだったのだ。彼女の腕の良さがうかがえた。
「粥を持ってこよう。他に何か欲しいものはあるかい?」
「……桃が、」
「ふふっ、わかったよ。持ってこよう」
まるで仲影は私がそう言うのをわかっていたかのようだった。部屋を出る仲影の背をぼうっと眺めながら、まるで本当に翼が生えてくるのではないかと思うような背中の熱を感じていた。
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