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杜康にしおりをはさみました!
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杜康
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「仲影」
来訪者……狂剣というべきか、魏文緯というべきか……を子珱に案内させて私が伯岐の部屋に戻ると、珍しく真剣な『おねだり』の顔をしていた。最近あまりそういうことがなかったから珍しい。その手には、伯岐の詩をつくる上で参考になるだろうと中華帝国から取り寄せた、『文選』があった。
「私、お酒が飲みたいです」
「……は?」
余りにも意外なおねだりに、目を見開くほかない。確かに、今までまだ早いからと飲ませなかったが、伯岐は一応成人の儀も済ませている。体格的にもう少し……と思っていたが、本人が飲みたいというのなら、こちらで量を加減することを承諾するのなら、別に許してもいいだろう。しかし、なぜそんなことを突然言い出したのだろうか。訝しげな表情が伝わったらしい。伯岐は口を開いて、詩を口ずさみ始める。
「『酒に対してはまさに歌うべし、
人生いくばくぞ
たとえば朝露の如し、
去りし日ははなはだ多く
慨してまさにもって慷すべし、
幽思忘れ難し
何をもってか憂いを解かん、
ただ杜康あるのみ――』」
伯岐がその通る声で歌ったのは、た『文選』に載っていた詩だ。なるほど、これがいきなり伯岐が酒を飲みたいと言い出した原因だったのか。……しかし、きちんと贈った書を読んでいるということだ。それはとても嬉しい。
「……『短歌行』、だね」
「これを読んでいたら、英雄がこんな風に歌うお酒を、私も飲んでみたいなって思って……」
「いいよ、用意させようか……ただし、最初は量がわからないだろうから、加減は私がしよう」
「はい!」
嬉しそうに満開の花のような華やかな笑顔を見せてくれる伯岐はそわそわと待ちきれないような様子だった。使用人に酒と肴を用意するよう命じ、伯岐の上機嫌な顔を見ていた。さらに続けて、部屋のなかをくるくると歩き回りながら伯岐は歌う。
「『青青たる子が衿、
悠悠たる我が心
ただ君がためのゆえに、
沈吟して今に至る
ゆうゆうと鹿は鳴き、
野の蓬を食す
我に嘉賓あらば、
瑟を鼓し笙を吹く――』」
伯岐はよほど気に入り、何度も読んだのだろう、ほとんど書物も見ずに暗唱してしまっているのが微笑ましい。とりあえず用意させたのは薄めの安い酒だが、これが飲めるようなら、同じ酒を飲むのも悪くない。これからは互いに酒を飲みながら伯岐と話すことができるのか。そう思うととても楽しくうれしい。
酒の用意ができたらしい、使用人が入ってきてそれを告げる。部屋に入らせて酒席の準備をさせている間、そわそわと落ち着かない様子でそれを見つめる伯岐はどうしてこうも可愛らしいのか。配膳を終え、使用人たちが下がると伯岐はそそくさと席に座る。少しその表情は緊張しているらしくこわばっている。自分で言い出したくせにどうしてこう初心な反応をするのだろう。
「じゃあ、注いであげようか」
「はい……」
とりあえず酒を半分ほど杯の中に注ぐ。もう少し飲めるようならまた足せばいい。最初は用心が必要だろう。深酒して酒を嫌いになってしまうのも勿体ない。
そして杯を伯岐に渡す。伯岐はそわそわとこちらを見ている。思わず笑みが零れる。
「じゃあ、乾杯」
軽く杯をあげ、杯を干す。このくらいならそこまで強くはないから、一気に飲んでしまっても問題はない。伯岐は少し飲んで、杯を置いた。
「……どうだい?初めて飲んだ、酒は?」
「おいしい、です。一気にたくさんは、飲めませんけど」
「それはよかった。肴を用意してあるから、一緒に食べよう。食べながら飲めば、そこまで悪酔いはしないと思うけど」
二人で酒を飲み、肴をつまみながら詩の話をする。いつかしたかったことだが、こんなに早く実現するとは思わなかった。伯岐も少しずつ楽しんで酒を飲んでいるようだ。私もすこぶる気分がいい。
「『酒に対してはまさに歌うべし』、……私もたまにはなにか歌おうか」
ふと立ち上がってそんなことを言いたくなるのも、きっと伯岐とともに酒を飲んでいるからだろう。
「『蘭陵の美酒 鬱金香
玉椀盛り来たる琥珀の光
ただ主人をして よく客を酔わしめば
知らず 何れのところか これ他郷なるを―― 』」
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