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融けてゆくにしおりをはさみました!
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融けてゆく
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甘いものが苦手だ。
「世能も、食う?」
特にチョコレートは、食べられたもんじゃない。
「いらん」
俺は世能遼人(せの はると)
嫌いな食べ物はチョコレート。
好きな食べ物は、まぁ山葵とか辛子とかピリッとしたもの。
辛いものが好きな普通の男子校生。
そんな俺の幼馴染の癖に、嫌がらせのように毎回、甘いものを進める後ろの席のこいつ。
「はぁー?美味いのに」
バリバリとポッキーを頬張る、鹿嶋光太郎(かしま こうたろう)。
奴は無類のお菓子好きで、甘党。
「毎度同じこと言わせるんじゃねぇよ!甘いの食べると胸やけするんだっての!!」
そんな俺の言葉など毎度ながら、聞いて居ないのか耳に入ってないのか。いやどちらもだろう。光太郎は、夢中でお菓子を頬張る。
「ふーん。まぁ、だからって女子からのチョコ全部断るなんて、贅沢な奴」
光太郎がチラッと俺に視線を向ける。
ちくりと刺さるその視線に、俺の眉の皺が深まった。
「…受け取ったって、食べないなら意味ねぇだろ」
はぁーっと長い溜息を吐き出す。がしがしと自身の前髪を乱暴に掻き乱す。
此方も毎年ながらの変わらない答え。
そして、面倒なこと。
(バレンタインデーなんて、無けりゃイイのに)
「ンなこといってさ、ふつー嬉しいモンじゃん?女の子から貰えるなんてよ」
わかんねぇーなぁホントお前ってと、光太郎は首を傾げる。…そりゃあ、誰かから好意を持たれるのは嫌なものじゃない。
寧ろ、誇れることであり、また嬉しく無いこともない。
「…そういう、おめーはどうなんだよ。貰えたのか、本命」
人様の事ばっかり口を挟む、こいつ。
チョコチョコチョコと、馬鹿みたいに騒ぎ立てるお前の頭ン中にまでぎっちりチョコでも詰まってンじゃねぇの?
「ッあー!ムカつくー!!貰えてたら、今頃テメーになんて構っちゃいねぇっつーの!!」
ジタバタ脚をばたつかせ、嘆き暴れる光太郎。…うるせぇ。こっちだって、好きでテメーと話してねぇっての。
「…はぁ…、本当なんで女ってこんな無愛想で優しくもねぇ男スキなのかね」
等々机に這いつくばり、項垂れてはぶつぶつと、俺の悪口。ポッキーを加えたまま、ぷらぷらと弄ぶ。
「俺ンなモテねぇだろ」
云う程毎年チョコ多くねぇし。
きっと、殆ど義理だし。
女ウケ為る様なイイ性格でもねぇし。
「…お前がモテ無さ過ぎなンじゃね?」
うん。今考えりゃ、そうかも。
真顔で云う俺に光太郎の奴は、脇に腹パンで対抗してきゃがった。
「本当お前らって、贅沢だよなー」
光太郎は席に着いた後もうだうだと話を引き伸ばす。
しかし、俺は光太郎の言葉にぴくん、と反応を示した。
こいつが云う"お前ら"なんて、どう考えたって、あいつと俺しか居ないのに。
俺は何でか、ほんの少しの期待にでもすがる様に、尋ねた。
「…お前らって、?」
前の席で座る光太郎が、んー?っと反応を返す。…俯きながらの俺の声は、気付かれて居無いみたいだ。こんな時ばかり、こいつの、鈍感な部分には救われるなぁ。…なんて馬鹿みたいな事を、考える。
「あぁ、ほら!成だよ、ナル!」
後ろを振り向く事無く、光太郎は言い放つ。
ナル…。成瀬 淚(なるせ りつ)
其の名前だけなのに、俺の頭は嫌と云う程、そいつの名前を繰り返し繰り返し、リピート為る。
(久しぶりに、聞いた)
光太郎は俺なんてお構い無しに、話を続ける。
「そー、!ナル!今朝さ久々に見かけたンだよナルをさ。したらよ、スゲー沢山の女子に囲まれてやンの…!ホントあいつと言いお前と言い、モテるよなー!」
零れ落ちたのは、渇いた笑みだけ。
其の後、直ぐにチャイムがなる。
先生が教室へと入ってくると、生徒達は慌ただしく席に付く。HR始めるぞー、と先生の声が教室に響いた。それは、何時もの朝の日常に為る。
俺の前に座る光太郎が、身体を少し後ろに向け、小さく囁いた。
「…、そういやさ、ナルも女のコからのチョコ全部断ってたンだぜ?まぁ、あいつにしちゃあ、何時ものことか」
俺の瞳は小さく見開く。
(……今更、何を喜んで、期待してンだよ)
そんな自分が嫌になる。
薄っぺらなこの思考は単純で、下らない。
これたけの事で、嬉しいなんて俺は心底救えない馬鹿な男だ。
自己嫌悪。
未だ未練たらたらっの、女々しい野郎な俺にたいしての、だ。
…本当は知っていたのだ。
あいつが女子からチョコを受け取らないで有ろうことを。きっと、其れは俺への罪悪感からであることも。
それが少しでも嬉しいだなんて思う俺は心底救えない最悪な人間。
きっと、あいつが俺に抱く感情は罪悪感とほんの少しの償いだけだ。
此の先、あいつは其の感情の性で誰かを好きに成れないかもしれない。俺とは違い、心の綺麗なあんたはきっと。
あの日、あの時。
"俺達"は終わった。
もう其れは揺るぐ事のない真実だ。
否定も出来ない後悔ばかりの真実。
俺とお前を繋ぐものは、もう此のちっぽけな感情だけ。
あれからどれだけの月日が流れたのか。
ついさっきの様にも思えるし、遠い昔の出来事の様にも思える。
まるで其れは俺に起こっている出来事には思えない程。
此れはもしかしたら、絵空事に過ぎないのかもしれない、だなんて考える始末だ。
(良い加減、認めなきゃいけないのにな、)
二年前の俺達はきっと想像もしていなかったであろう出来事。
誰が此のことを、予測出来ただろうか。
確かに、俺達は追この間まで隣で笑い合っていた筈なのに。先の事なんてどうなるか分からないものだと思い知らされた。
(半年だ。…月日が経つのは早いんだな)
失恋の痛みってヤツは、"時間が解決してくれる"らしいが、どうやら其れを期待するにはまだ時間が掛かるらしい。
何処で何をしていても、誰と話していても、俺の中に有る、何かが溢れ落ちてしまいそうなのだから。
(どろどろとした、此の行き場の無い感情が)
どんなに見繕ったって、関係無しに其れは俺の中をぐるぐると渦巻き掻き乱す。
…こンなにどろどろの中身を持ち合わせてたら、いつか、俺まで融けて無くなって仕舞うンじゃないだろうか。
何故だかそんな気にすら為るのだ。
少しずつ、少しずつ、俺の大切な何かまで、ゆっくりと音を立てる事無く削る様に融かされるようで。
(…無したく無い筈なんだ)
だけど。
融けてしまえたら、どんなに楽だろうか。
跡形も無く無くなってしまえたら、俺は前に進める様な気すらもしてくる。
こんなに、気持ちの悪い気分を味わ無く為るのに。捨てるのが怖いなんて。無くしたく無いのだと、何時迄も引きずる臆病者だ。
だけど、分かってるんだ。
俺が願っても願わなくても。
此の感情は、少しずつ融けてゆくことを。
いつか、跡形も無く無くなって仕舞う事も。
知ってるのだ。
其れが怖いなんて。
いつか、遠い未来。
本当に融けて跡形も無く無くなって仕舞ったら、俺とあんたとのあの頃も、跡形も無く消えてしまうのだろうか。
俺はまだ、此の感情を失うのが、こわい。
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