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間-awaiにしおりをはさみました!
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間-awai
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スウッと開いた襖の向こうが、まるで別世界のように思えた。
初めて見る顔と無言でただ見つめあう。
「ほらほら、染吉さん、こちらへお座りなさい。」
山崎屋が促したが、動いたのは真鶴瀬だった。
「この度は、嬉しいお招き、ほんに有り難うございまする。」
触れ合わんばかりの近さから掛けられたのは、思いもよらぬ優しい言葉だった。
驚いた染吉は、ザザッと後ろへ下がり、その場に平伏した。
「も、勿体無い!」
額を畳につけたまま、石のように固まった染吉を見て、困ったと言わんばかりに真鶴瀬は眉を下げた。
「フフッ。染吉さん、早く顔をあげて、よく御覧なさい。あなたの織った布が、太夫を包んでいる様を。」
「では、失礼しまして、少しだけ…。」
ゆっくりと、染吉の頭が持ち上がり目と目が合った。
それを待って、真鶴瀬は子供に語りかけるような声音で、こう告げた。
「ありがとう、染吉さん。」
これには、さすがの山崎屋も言葉を失くした。
「失礼を承知で申し上げますと。私はもう、装うことに飽き飽きしておりました。」
そこで真鶴瀬は、髪から簪をひとつ抜いて見せた。
「これは、とあるお大名が下さった鼈甲。それは、茶人の誰それに頂いた扇…。廓に居ればそういった具合に身の回りの品が、毎日のように増えてゆきます。私はただ追われるようにそれらを身に付けるだけで。いつしか何を頂いても、嬉しいとも、美しいとも、感じられなくなっておりました。」
悲しそうに、目を伏せる様は、今にも消えてしまいそうに脆く儚げであった。
「ところが。あなたが織ったこの布に触れた時から、私はまた心踊らせるようになりました。誰かの為ではない、私の装いを思い描く楽しみを見付けたのです。」
目を輝かせて話す真鶴瀬を見て
染吉は眩しげに目を細めた。
「実は、あっしも、同じでさぁ。」
染吉は照れ臭そうに、額へ手をやった。
「毎日お客の言うように、織りはするものの、…どうも気が乗らねえ。気分を変えてみようと、新しい模様や、図案を紙に起こしてみても、まるでピンと来ねえ。色に凝ってみたところで、今度は目が疲れてくる。八方塞がりになりかけていた所へ、太夫が通りを歩いてらっしゃるのをお見掛けした。―恥ずかしながら、あっしは自分の織った布を身に付けたおひとをその時初めて見たんでさ。」
無骨な顔が、みるみる崩れ、肩が小刻みに震え始めた。
「…嬉しかった。ああ、報われた、生きていて良かった、と思いましてね。」
気持ちのこもった言葉が、しみじみと呟かれた。
「これは是非とも御礼を言わなくちゃならねえ。そう考えて、コチラの旦那にご相談したんでさ。」
「ひやひや。」
大袈裟に目をみはっておどけてみせた山崎屋は、子供のようにニコニコと邪気の無い笑顔を溢した。
「染さんの真似をするわけじゃないが。実は私も、惚れたの腫れたの。出し抜いたり裏切られたり。そんなのはもう御免だと、ここのところ何だかスッカリ世間と関わるのが厭になっていたんですよ…。それが、染さんの話を聞いて、心が洗われたような気分になりましてね。」
「おや、まぁ。奇遇ではありんせんか。」
「ええ、本当に。私もお二人に、御礼を言いたい位の気分ですよ。」
「だ、旦那ぁ…。」
肩に置かれた手を染吉は、押し頂かんばかりにして、泣き出した。
「生きる世界は違いましても、奇しくも同じ思いをした者同士。さあさ、グッとやっておくんなさいな。今宵はたんと呑みましょう。」
「では、お言葉に甘えまして…。」
「堅苦しいことは、言いっこなしですよ。」
「だったら、あっしもお酌をしなくちゃあ。」
「まあ!それでは、その前に、お顔を拭いて差し上げましょう。」
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