アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
memory2(追憶)にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
memory2(追憶)
-
褒美だと、父親である男は言った。
言いつけを守った報酬にどんな病にもかからないようになる特別な薬をくれるという。
それは褒美という甘いものではなく断れない命令だった。毎日その薬を飲み、週に一度町へ送られ健康診断だと称した身体検査をされる。
その時から兄弟の時間は歪んでいった。
生きるためには男の機嫌をとらなくてはいけない。母に心配をかけまいと秘密を増やしていけばいくほど、彼女はどんどんとやつれていく。
「母さん…」
車椅子に座り窓際で夕涼みをする奏の部屋に入り夕食だと呼びかけると、彼女は力なく微笑み首を振った。
「今日は、1人で銃を組み立てられるようになったんだ…」
彼女が嫌う話だとしても、他に気を紛らわせられるような話題など知らなかった。遊ぶことは愚か勝手に外へ出ることもできない。偏った勉強と訓練、決められたことをこなすだけの毎日。段々と母親との会話も減り、すっかり弱ってしまった彼女は兄弟を見守ることしかできなくなった。
響介は近くのテーブルに新調したばかりの拳銃を置いて見せた。グリップにはフィオリーノ家の家紋が彫られている。
ぼんやりとそれを見据えた奏は笑顔を作ったまま少年の頭に手を伸ばしかけたが諦めたように腕を下ろした。
「あなたは人を殺す事で価値を魅入られてしまったのね」
凛とした落ち着いた声色が窓から入り込んだ凩と共に響介の中をひんやりと吹き抜ける。
「私は何もできなかった…あなた達はこれからずっと、あの人の泥を被って生きていくのよ」
何かを悟ったような口調で息をついた奏はテーブルの銃を手に取ると響介に手渡し握らせた。
「母さんを撃って」
部屋を照らす赤く濃い光が徐々に夕闇色に染まり母を引きずり込んでいく。酷い胸騒ぎが少年を駆け巡った。
「私のご飯にはいつも少しの毒が入っているの。彼に葬られる前にあなたの手で眠らせてちょうだい…だからこれで最後にするのよ。私で最後にするの」
「か、あ、さん…?」
——母さんは何を言っている?
毒だなんて?医者はそんなこと一言も言ってなかった。ずっと心の病だと聞かされていた。もし本当に父さんが母さんを殺そうとしていたら?
混乱する響介の手を包み、銃口を自身の胸に当てた奏は乾いた唇を動かした。
『私はどのみち死ぬの』
慌てて銃を取り上げようと腕を引くが、少年を押さえる掌は驚くほど冷たく力強かった。
「もし、これから誰かを殺す事があったらその度に私を思い出しなさい。命を奪うという事はとても重いこと、決して忘れてはいけないこと。そしてあなたが生きていく上で背負う罪を母さんが全て引き受けるわ。響介、覚えておくのよ」
「だ、だめだ母さん…っ」
首を振って拒もうとも彼女の意思は揺らがない。
どうしてこうなってしまったのか、少年には分からなかった。母の望みである幸せに暮らすという事がどういう事なのか、その知識でさえ欠如していた。
奏の黒い瞳がじっと響介を捉え、一筋の涙を落とす。どちらかの力によってゆっくりと引き金が引っ張られていく。
「待って、まって、ごめんなさ」
つん裂くような破裂音と共に彼女の手がだらりと垂れ下がった。トリガーを引いたのは自分の指だ。
——俺がやったのか?
車椅子の背もたれに倒れ動かなくなった母と自身の手に握られている凶器を茫然と見つめていると、鳴介が部屋に飛び込んできた。その後ろにはあの男が立っている。無惨な光景を目の当たりにした兄は弟に詰め寄り胸ぐらを掴んだ。
「殺したのか…?母さんを…」
「あ、ちち、違、か、かあさんが、撃ってって、お、」
なんとか母の意思を伝えようにも自ら手にかけてしまった事に変わりない。ようやく己の仕出かしてしまった罪の重さを知り、これから与えられてしまうだろう罰に怯え頭が真っ白になった。
「お前が撃ったんだろ?!何で!?」
「どどのみち、死ぬからって、母さんが、俺に俺に持たせて」
凄まじい剣幕で怒鳴り腕を振りかざした鳴介の肩を掴んだ男はもう一つの名で兄を窘めた。
「やめなさい、フィデリオ」
静かな低音は感情を一切含んでいない。その声に操られるように大人しく従い響介を突き飛した鳴介は、止めに入った父親に対して信じられないとばかりに怒りの形相を向け唸った。
「どうして…」
何も答えずに男は座り込む響介と奏の亡骸を一瞥してから事務処理のように使用人を呼び、部屋を後にした。彼女を憐れむ涙も息子を叱る怒号もない。
その背中に噛み付かんばかりに叫んだ鳴介は新調したばかりの銃をドアに向かって投げ捨てた。
「あんたは、アンタはおかしいよ!!!!」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
40 / 49