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再会、その後。にしおりをはさみました!
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再会、その後。
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時間を供に過ごしてみて解る事は沢山有る。
当時から香奈子がぼやいていたので、解ってはいたが、貴仁は恐ろしいまでに仕事人間だった。
貴仁の仕事は、翻訳である。
翻訳家の仕事には、映画の翻訳だったり、小説や絵本の翻訳だったり、説明書や医学書、企業関連の翻訳だったりと、いくつか分野が有る。
そして、その分野によって必要とされる知識や翻訳スタイルは異なっている。
貴仁は本来、絵本や小説の「出版翻訳」に集中していきたいようだったが、
それには多くのコネクションだったり、経験だったり、編集からの信頼が必要とされる。
そして、それらを得てしても次々と仕事が入り込むという世界ではない。
香奈子との結婚も視野に入れていた貴仁は、とりあえずの生活力のため、数をこなせるだけの仕事を得ようと、
企業関連の翻訳をする「産業翻訳」の仕事を多くして来ていた。
けれども、彼の出版翻訳への想いは強く、
最近ではそれなりの信頼も、コネクションも得てきて、仕事が貰える限りはそちらの仕事を中心にしてきているようだ。
けれどまだまだベテランではない貴仁にはひっきりなしに出版翻訳の仕事が舞い込んで来る訳ではないので、
時には、産業翻訳の仕事も勿論こなしている。
そうなってくると時間など何時間有っても足りたものではない。
出版翻訳ともなれば
短いものでもその翻訳期間は2~3ヶ月と長丁場になる。
挙げ句は、多くのコネクションが必要となるため、
人との付き合いを蔑ろにする事はしない。
それもあり、自然と来客や人付き合いも増えたが、
無論、仕事以外には超が付くズボラ人間の貴仁に、
スケジュール管理など難しい話だ。
そこで、それらを把握するのも当時から香奈子の役割であった。
そして、それは今、自動的に龍希の役割となってきていたのである。
この日も夜、仕事を終えての道すがら
けんちゃんからの電話を受けた龍希は、実家には戻らず直接貴仁の家へ行き、
その玄関前で無理矢理その電話を切ったのだった。
龍希は、当たり前のように合い鍵で中へ入ると、
聞こえないほど小さな声で「お邪魔します」と呟いた。
それは、この時間は大抵仕事に集中しているか、
寝ている貴仁への気遣いだ。
そのどちらで有るかは確かめないまま、龍希は台所へ向かう。
そして、包丁よりも、食材よりも先に手にしたのは
「基本の料理」と書かれた本。
それを持つ手の指には、昨日の今頃につけたばかりの傷口を覆う絆創膏が、1日の仕事を乗り越え、
少しくたびれた姿を見せた。
けんちゃんとの会話でも解ったとは思うが、
龍希は料理が得意ではない。
寧ろ、あまり経験していない。
今まで、周りの誰かしらが当たり前のように作ってくれていた。
それは、龍希の持つ、男らしい性格、女性のような気遣い。その笑顔が引き付ける友人達。
彼自身が本当の恋はせずとも、それでもいいという相手達は勿論居たし、それなりにモテていた。
恋人でなくとも「供に時間を過ごしたい」誰かしらが連絡をくれて、
何だかんだと、あまり料理をせずにこれまで来れてしまった。
そんな龍希が指いっぱいに絆創膏を携え、
料理の本とにらめっこをしている。
けんちゃんでなくても驚くというものだ。
さあ。今日は肉じゃがにチャレンジだ。
手が込んで見えるが、まぁ煮込めばそれなりになる物だし、さすがの龍希でも大丈夫。
……と、思うところだが、
彼にとっての難関は手間がかかる事でも、手順が難しい事でもなく、
じゃが芋の芽を取り、皮をむくという行為そのものだった。
左手にじゃが芋。
右手にピューラー。
しばし見つめた後、一息つくと、
そのピューラーを持つ手に力を込める。
こうして彼の戦いは、今日も幕を上げるのだった。
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