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第5章 繋いだ手。にしおりをはさみました!
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第5章 繋いだ手。
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ある素晴らしい日が訪れた。
この日は、幸福に満ちた日々を予期するように
風が気持ちよく、空も晴れ渡って、
そして日がくれて、夕日に世界が照らされた。
思い返せば、ここ最近良い事が多かった。
龍希の店は連日、昨年の売り上げ予算を超えている。
あのイヤミな上司もすっかり大人しい。
貴仁には文学翻訳の仕事が入った。
大きなシリーズものとはいかないが、話題にもなっている小説だった。
無論、貴仁は上機嫌だ。
それを見れば龍希も日々笑顔が溢れ出す。
龍希の笑顔は不思議と周りを幸福な温度にする。
幼い頃の生い立ちを考えたなら、少し笑顔とは縁遠いと思いがちな、
そんな彼の笑顔が見る者をつられて笑顔にさせるそれなのだから、不思議なモノだ。
さて、その日龍希は休日だったが、
貴仁は珍しく仕事の打ち合わせで外出をしていた。
思ったより遅くなってしまった貴仁が、夕方家に戻ると玄関に龍希の靴が揃えて置かれている。
先にも話した理由から、もうこの家に住んでいると言っていい状態の龍希の靴が有るのは当たり前の事ではあったが、
外出する事のあまりない貴仁が、龍希の靴が置かれている状態の玄関を見る機会はそう言えばあまりなかった。
それを見て、思わず気持ちが暖かくなった事に気がついて、「ただいま」の言葉を飲み込んだ。
最近の龍希がいきいきと輝いて見え、
それを嬉しく感じる自分を、流石に認めざるを得ないほどに
この家に、彼が戻って来て良かったと、何度も思っているのだ。
───なぁ、香奈子。何だろうな、これ。
きちんと置かれた龍希の靴を見ながら、まだ自分の家に上がれずに心の中で呟いた。
───俺さ、お前と会った頃の気持ち思い出すんだよ。最近。
玄関の床に腰を下ろすと靴を脱ぐこともしない貴仁はしばし香奈子との会話を始めた。
───顔見れるのを楽しみにしたりさ、食事の時間が一緒になると喜んだりさ。
そこで思わず、ふふっと呆れるような笑みを漏らすと
───そんなお前にも感じていた気持ちをさ、こいつに感じてるんだよな。
そうして落とした視線は、やはり龍希の靴の上で止まるのだった。
もう気付いているはずの事に、今日もひどく近付いて、また見えないフリをする。
何日それを繰り返しただろうか?
いや……ひょっとしたら10年以上前になるあの日から、自分はそれを知らず知らず繰り返していたのかもしれない。
あの日の、高校生だった龍希の告白に、
何かしら気付かされていたけれど、それが何かを認識するよりもずっと先に
無意識のうちに「大切な友人」と、言う名のラベルをその気持ちに貼り付けて、安心を得ることにしたのかもしれない。
貴仁は、そんな考えにため息をつくのも、
果たして何度目かと、自分で自分を嘲笑った。
あぁ、なんて情けない男なのか。……と。
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