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来客_1にしおりをはさみました!
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来客_1
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一駅歩いたおかげで、頭を悩ますどちらの存在にも遭遇することなく会社に辿り着いた。
安心したものの、頭痛が治まる気配はなくて仕方なく常備している頭痛薬を飲む。
昔から頭痛には慣れっこだ。だから部屋には数種類の頭痛薬を用意してある。
どの種類も飲めばそれなりに効くはずだ。
薬を飲んだ事に安心するだけかもしれないけど。
頭痛をおさえながら、机にかじりついて昨日調べ上げた資料をまとめて報告書に仕上げた。
そのまま河野さんに提出しようとしたら、逃げるように席を外されてしまった。
避けたいのはこっちなんだけどな…
でも、そうしてくれているなら問題ない。
2人だけで会話しないように触れる距離に入らないようにするのはそんなに難しい事じゃない。
そのまま忘れてくれればいい。
気まずいだけで別に何事もなかったのだから。
「南野さーん。来客です。応接室までお願いします。」
?
来客?発注した備品の受け取りだろうか。事務方の僕の部署に来客なんてほぼない。
上司からも何も聞いていないし、発注ミスでもしただろうか。
頭痛のせいでいつもより回らない思考を回転させながら受付まで向かう。
受付の女子社員が僕に小さな声で
「南野さん、親会社から名指しで呼び出しなんて何しちゃったんですか?」
と、好奇心いっぱいの瞳で尋ねられたものの全く身に覚えが無い。
受け取った名刺を一緒に覗くように僕の腕に体を寄せてきた彼女は確か、去年新卒で受付に入った女の子だったと思う。
入社してきたばかりの時に河野さんが「かわいいこが入ってきたー。」と大喜びしていた。
会社でつけている分には申し分のない程度の甘い香水にむせそうになりながら、さりげなく距離をとる。
親会社、といっても僕の勤めている会社は完全子会社で親会社に関わる仕事すら見た事がない。
一体何が起こっているのだろう。
クレーム?転勤?まさかリストラ?親会社から言われる事はないはずだけど。
社長室室長 という名刺の肩書きを見ても全く用件が見えない。
仕方なく首を横に傾けながら、わからない事を伝えて対応に出る。
扉をノックして開けると、高価そうなスーツを身にまとっているすらりとした男性が待っていた。
余分な物を全てそぎ落としたかのように細くてすっきりした顔立ち。
きっちりわけられている黒髪は艶やかで。
どこからどう見ても仕事のできる好青年。第一印象抜群で育ちの良さそうな顔立ち。
人の顔を覚えるのは得意なのに挨拶をしてくれた声にも全く覚えがなくて躊躇ってしまう。
「ファイヤー建設の橘と申します。南野愁さまでお間違えはないでしょうか?」
丁寧な言葉遣い、嫌味の無い笑顔。
彼は自分の事を知っているようだ。
怒っている感じではないけれど、感情が今ひとつ見えない。
全身をしげしげと見られているのを感じ取って僕も慌てて笑顔を貼付ける。
「はい。南野は私です。本日はどういったご用件でしょうか」
橘、と名乗る彼が口を開いたと同時に応接室の扉がノックされる。
すみません、と断って扉を開けると普段滅多に見る事の無い社長の姿があった。
僕を邪魔者でも見るかのように眉をひそめて見た後、別人のような声で話始める。
「これはこれは橘様、こちらの物が何か不手際でもいたしましたでしょうか?」
不手際?
一体何が起きているのか。
僕はまた自分が気付かない間に他人に不愉快な思いをさせていたんだろうか。
会社では精一杯自分にできることをやってきたはずだったけど。
何か、どこかに問題があったんだろうか。
社長の顔も橘さんの顔も見られなくて、何をしてしまったかわからない気まずさで床をただ眺める。
「とんでもない。本日は人事の件でお願いがあって参りました。」
橘さんが一歩こちらに向かってくる。
人事?まさかのリストラ!が正解だったのか…
社長も僕も唖然として橘さんの言葉を待つ。
「南野さん、火野優也をご存知ですね?」
火野優也。今朝、記憶の奥に押し込んだ名前。
もう二度と会わないと決めている相手。
なぜこの人が彼の事を?
無言でいたのを肯定ととったのか話を続ける橘さんが僕にまた一歩、近づいてくる。
「彼は我が社の社長で、ファイヤーグループの代表取締役です。あなたの力を借りたいと言っておりまして、お手数ですが我が社までいらしていただけないでしょうか。」
…
「…あの、誰かとお間違いでは」
咄嗟に断ろうとそう言うと、それを動作で遮られて
「いえ、待ってください。本格的なご説明の前に謝罪をさせてください。」
橘さんは目の前で腰を90度に曲げて頭を深く下げた。
飛び上がりそうになった体を頭痛が引き止める。
何故、僕は会ったばかりの人から謝罪を受けているんだろう。
「昨日は大変失礼いたしました。お顔を拝見してお渡しするべきでした。不快な思いをさせてしまい申し訳ございません。」
固まる社長と僕。
「や、やめてくださいっ…」
慌てて頭を上げてもらう。
昨日って
昨日…
優也さんとアヤさんが唇を重ねる光景が浮かぶ。
この人は何か知っているのだろうか。
じっとりと嫌な汗が落ちる。
性癖に関していくら寛大な世の中になったとしても、まだまだマイノリティーな事に変わりはない。
それを知っていて親会社にこい、と?
どういうつもりなんだろう。
ここでカミングアウトされたら会社を追い出されるんじゃないだろうか。
困惑し続けている社長を横目で眺める。
つやつやと光る頭、ゴルフ焼けで年中浅黒い肌、真ん丸な顔とお腹。
人は悪くない。でも会社を経営するには何かが足りない。
その証拠に先代の社長から息子であるこの人に変わったここ数年で利益は少しずつ落ちている。
「火野からは、誠意を持ってお詫びすれば、あなたならきっとわかってくださる、と言われて参りました。どうかお許しください。」
また深々と頭を下げられてしまって、よそ事を考えていた僕を現実に引き戻す。
「本当に、やめてください。お詫びしていただくような事は何もありませんからっ」
もしかして優也さんと付き合っているのが僕だと勘違いしているのか。
だとしたら大間違いなのに。
「それは、お許しいただけるという意味ですね!ありがとうございます。」
どんなプラス思考でできているんだ。
爽やかな笑顔を、マジマジと見る。
蒸し返して欲しくないだけなのに。
思い出してはいけない出来事だから。
それに、僕に用はないって事は自分が一番よくわかっている。
何か考えていた社長が思い出したように口を開く。
「確か先日の総会で秘書を探しておられるとおっしゃっていましたか。その、火野社長ご自身が推薦しておられるのですか。」
いつもの威張り倒した態度からは想像もつかないくらい小さくなった態度はまるで別人だ。
僕たちのやりとりより、親会社の社長の動向の方が気になるらしい。
当然といえば当然か。
「はい。南野さんも資格をお持ちですので。ただ今回は仰るとおり、火野の強い要望からですので無理強いは致しません。急な人事という事になりそうでしたので形式上、辞令は用意させていただいております。」
秘書?資格?辞令?
確かに足りない学歴を埋める為に資格はいくつかとったけど、秘書検定なんて、さして珍しいものでもないだろう。それも、もう何年も前の事で内容も思い出せない。
僕の経歴は履歴書でも見たんだろうか。
「そうでしたか。南野くん、君はすぐにでもそちらに伺いなさい。」
てっきり反対してくれるものだと思っていた社長がまさかの発言。
「今日はこちらの話を聞いて戴きたいだけですので、そんなにお時間はとらせません。条件が折り合わなければ、お断りいただいて構いません。」
ニッコリと笑顔を向ける橘さん。
「それは、出向、という事なんでしょうか?」
待っていたかのようなタイミングでA4の紙を差し出される。
「とりあえず、そうなります。」
初めて見る辞令。
これが出されているならただの会社員である僕は従うしかないのだろう。
受け取って他人事のように眺める。
「その辞令は、一刻も早くきてもらいたいという火野の要望から出されたものです。詳しい話は直接聞いていただけませんでしょうか。」
断ったらクビだろうか。
出向したとして、また戻ってくる事はできるんだろうか。
もしこれで、戻ってこられないような事になれば路頭に迷ってしまう。
「ご質問は色々おありでしょうが、私にも答えかねる事ばかりと思います。このままお連れしますので身の回りのものだけお持ちください。こちらで待たせていただきます。」
有無を言わせない口調。
この人の下に出向なんだろうか。
爽やか過ぎる笑顔は本音を包み隠しているようで、何だか冷たい物を感じる。
「とんでもありません。先にお戻りください。すぐに後を追いかけますので。」
身を乗り出した社長を笑顔のまま制して微笑む。
「1人で戻ってはお迎えに上がった意味がありません。ゆっくり支度をなさってください。こちらで仕事をさせていただいておりますから。」
そう言った言葉は嘘じゃなかったようで、橘さんは鞄からパソコンを取り出している。
呆然としたまま社長に促されて僕は応接室を出た。
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