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兵藤くんの日常にしおりをはさみました!
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兵藤くんの日常
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「ただいま」
五條のお見舞いも終わり見慣れた玄関の戸を開けて中に入る。祖父と叔父夫婦が経営する診療所と隣接する住居スペースに住まわせてもらい、そこへ帰宅することが今ではあたり前になった。
靴を脱いで先ずは二階の自室へ鞄を置く。そのまま下へ降りてリビングへの扉を開いたら待ってましたと実弟、勇人が「おかえり!」と思い切りタックルをかましてきた。
いつもの事なので適当にあしらって手を洗いに行く。それにしても日に日にタックルに重みが増していくのはやはり著しい成長期故だろうか…。
勇人はそのままダイニングテーブルへと戻っていくと広げていた宿題に取りかかった。その向かいでは叔父夫婦の長女、小学3年生の従妹の桃菜ちゃんが同じように黙々と宿題をしている。
こちらへ顔を上げた彼女は「直人くんおかえり」と笑ってくれた。同じように返事をして台所へ向かうとコンロの上に大なべが置いてあり、中を覗いたら冷たいままの具が入っていた。いつも通り火をつけて蓋をする。今夜はシチューらしい。
忙しい二人、特に涼子さんは仕事の合間を縫ってこうして晩御飯を作り置きして行ってくれる。俺はそれを暖めるだけ。…料理ができないのでいつかは自分で作れるようになり涼子さんの負担を和らげないといけないと思うのだが、未だに具材に火を通す事しかできない。
後ろからトタトタと足音が聞こえて、振りかえれば4歳になったばかりの従弟である誉が脚に絡みついてきた。
「にーちゃ」
「ただいま、誉」
小さい体を抱き上げたら「うおー」と手を叩いて喜ぶ誉が可愛くて思わず柔らかい頬へ唇を押しつける。彼を抱いたまま勇人と桃菜ちゃんが必死に宿題と格闘している所を見ながら勇人の隣へ座った。「わかんねーよー」とだらだら文句を言いながらワークの内容をノートに書き込む姿を見て、嘗て自分も同じように苦しんだなぁと少し微笑ましくなる。
腕の中でもぞもぞと動き回る誉はテーブルに置いてあった人形を掴むと俺にこれでもかと突き付けてきた。
「にーちゃん、っれと、ブーン!っで、パパがにーちゃんにどうぞって!た!」
「…そうか」
分かりそうで分からない言葉に微笑して相槌を打ちながら、押しつけてくる人形を受け取るとそのまま誉の眼前で小さく振ってやる。「キャー」と笑いながら取ろうとしてくる彼と遊ぶ事に夢中になっていたら隣から何やら言い争いが聞こえてきた。
「いーじゃん!見せろよ!」
「やーだー!」
「兄ちゃんの事書いてんだろ?」
「ゆーくんには関係ないでしょっ」
「桃菜ー、お願いお願い」
「こら、勇人」
桃菜ちゃんのノートを無理やり覗きこもうとする勇人の襟首を引っ掴んで元の位置へ座らせる。
「お前は自分の宿題を先にすませろ、桃菜ちゃんの邪魔をしない」
「いーっ」
勇人を戒めたらざまあみろと言わんばかりに桃菜ちゃんが弟に向かって舌をだす。いくら勇人の方が年上だとは言え、たったの2歳差だ。元から負けず嫌い性分の勇人がその行動にムカつかないはずがなかった。
大人しく自分の作業に戻ったと思いきや、隙を見計らって勇人は桃菜ちゃんが書いていたノートを取り上げた。彼女は慌てて取り返そうと引っ張る。
「勇人!」
「だってさー!桃菜、兄ちゃんの事書いてんだって!さっき兄ちゃんの名前書いてたの見えたし」
「かいてないもん!」
「じゃー見せてもいいだろ?」
「だめっ!」
「じゃあやっぱ書いてんじゃん?」
「もういいから…嫌がってるだろ。手を放すんだ、」
「兄ちゃんも気になるだろ?」
「気にならん」
「なんでだよ!」
勇人から強制的にノートを奪うと桃菜ちゃんの方へ手渡す。彼女はそれを受け取ると誰にも取られないようにと抱き締めて警戒した。不満を隠しきれない弟は唇を尖らせて必死で弁解するが、もう少し年上らしい行動をしろと叱る。それでも気に食わないと文句を言う勇人の眼前でワークを指で叩いてやった。
「お前はこっち」
「チッ」
確かに桃菜ちゃんが作文の宿題で俺を題材にしているというなら少し気になる所もあるが、本人が見せたくないというなら仕方ないじゃないか。
「何を書こうが桃菜ちゃんの自由だろ?…取り上げてまで見ようとするな」
勇人に分からせてやるためにもう一度念を押して言う。
弟は鉛筆を握り締め問題を解き始めたが、ぼそりと…しかし完璧に聞き取れる音量で言葉を投下した。
「どーせ、変な事でも書いてんだろ」
こいつはまた余計なことを…注意しようと口を開いたが遅かった。その言葉に耐えかねてしまった桃菜ちゃんは「ゆーくんなんか嫌い!」と叫ぶと筆箱とノートを引っ付かんで椅子を降り、足音を響かせてリビングと隣接している薄暗い和室に座り畳の上に作文帳を置くと丸くなって宿題をやり始めた。
「桃菜こっちで書くから!」
「あーそーしろ、戻ってくんな」
「ったく、そういう事しか言えないのか。桃菜ちゃんに謝れ」
「やーだよー」
我が弟ながら本当に生意気だ。勇人の頬を軽く抓ってから暗い部屋でせっせと文字を書く桃菜ちゃんの背中に呼び掛ける。
「桃菜ちゃん、そこじゃ上手に字が書けないから戻っておいで。…こいつにはちゃんと言っとくから」
「いや!ゆーくんいるから行かない」
彼女も強情だ…。ま、当たり前か。元はといえば勇人が悪いのだ。仲が良いのは分かるがこうも頻繁に拗ねられてしまうとお手上げだ。確か昨日も喧嘩してなかったか…。
隣にいる弟を見たらこれ見よがしに変顔で「ふん」と返される。反省の色さへ感じさせない勇人を恨めしく睨んでやってから、誉を抱きかかえて桃菜ちゃんのいる部屋へ向かい電気をつけた。丸くなって文字を書く彼女の隣に腰を降ろす。
「桃菜ちゃん」
「…………」
「勇人はな、桃菜ちゃんの事が気になって仕方がないんだ」
「ちげぇよ!」とリビングから声が飛んでくるがこの際無視だ。
「ちゃんと机に向かって書こう…その体勢じゃ辛いだろ?」
そう促して彼女の背中をぽん、と叩く。桃菜ちゃんはそれでも首を縦に振らず「いやいや」と唸る。勇人も嫌われたもんだな…と呑気に思っていたら、もう一度リビングから声が響いた。
「いいよ、俺兄ちゃんの部屋でやってくるから!!」
「いや何でだよ」
乱雑に筆記用具を手に持った勇人は椅子を降り、そして間髪入れずにリビングの戸を盛大に閉めた。その向こうからドタドタと階段を上る音が響く。何で俺の部屋なんだと思いつつも、可愛い弟たちのためなら致し方ない。やれやれと溜め息をついてからもう一度桃菜ちゃんに声を掛けてみる。
「机、あいたよ」
ピクリと反応した桃菜ちゃんは高い位置で二つに束ねられた、叔父さんに似て癖っ毛な黒髪をふさりと揺らして振り返った。唇を尖らしているが、どうやら少しは不満が解消されたようだ。
「桃菜、やっぱりここでやる。いい?」
俺の返事を聞く前に桃菜ちゃんはノートを二つに折って間に下敷きを挟むと膝元へ座り遠慮がちにもたれ掛かってきた。甘えてきた彼女に、これもまた仕方ないと腕を回して引き寄せてやる。右腕の中には誉が「どんぐりころころー」と童謡を歌い、左腕の中には桃菜ちゃんが紙に鉛筆を走らせている。
漸く落ち着いた状況に安堵すると桃菜ちゃんが書いている文面が目に入る。この体勢だと丸見えだ。
悪気は無いのだが、つい目を走らせてしまった。題名は「わたしの家族」から始まり、家族の中の1人を紹介するという旨だった。どうやら、桃菜ちゃんは叔父さんでも涼子さんでもなく俺を選んでくれていたらしい。先程の勇人の言っていたことが納得できる。
そこには桃菜ちゃんにとって俺がどういう存在か、名前と性格まで事細かに書かれてある。当の本人としては恥ずかしいのだが「かっこよくて優しい」という一行を見つけて嬉しくないはずがない。
しかし、文章を目で追っていくうちに後半部分…今丁度桃菜ちゃんが書いているくだりは衝撃的な内容が記されていた。
『…だから私は直人くんが大好きです。大きくなったらお父さんとお母さんみたいにお医者さんになって、そして直人くんとけっこんしたい…』
思わず息を呑んでしまった。そりゃあ勇人にこの内容がバレたら、からかわれること間違い無いな…。
俺の視線に気づいた桃菜ちゃんはバッとこちらを振り返り「見た?!」と真っ赤な顔をして聞いてきた。実際バッチリ読んでしまったのだが正直にいえば彼女を傷つけてしまいかねない。
「み、見てない」
ちょっと視線を泳がせてしまうが何とか否定した。彼女の疑う瞳に堪えきれず誉の方へ逃げる。彼は一人で童謡を歌いきって満足そうに自分で手を叩いている所だ。「上手に歌えたな」と誉を褒めたら、疑うのを諦めた桃菜ちゃんはもう一度文章を綴る作業に戻る。その様子に助かったと胸を撫で下ろしてから彼女に心中で謝罪した。
……ごめんな、桃菜ちゃん。
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