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10話 笑って、ほしいにしおりをはさみました!
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10話 笑って、ほしい
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部屋までの道中。しぃ兄にこの寮について聞いてみると、ここには全部で二十階までフロアがあるのだと教えてくれた。
一階は管理人さんの部屋にエントランスホール。プリペイドカードのチャージ場所に、近くには二十四時間営業のコンビニが入っている。
二階は食堂。
まずはプリペイドカードで食券を買ってから席に着く。するとウエイターさんが来てくれるので、後はそのウエイターさんに食券を渡しご飯が運ばれて来るのを待つだけの簡単な流れだ。
席は基本的に自由だが、役員や各委員長、副委員長達専用のスペースもあるらしく、そこは一般生徒は使用出来ない決まりになっている。
三階は大浴場で、サウナや檜風呂など、数種類のお風呂があるらしい。
その内入りに行ってみようと俺が呟くと「一人で行くのは禁止! 危ないから!」となぜか本気で注意された。
なんでもこの大浴場にはとある変態がよく出没するらしく、利用する生徒達の裸を鑑賞し酷い時にはセクハラよろしくちょっかいをかけてくるのだと言う。
つーかそんな変態がいるなら誰も大浴場なんか利用しないだろうと思うが、その変態の外見が生徒会役員に匹敵する程の美形なので、ちょっかいをかけて貰おうと自ら大浴場を利用する生徒が後を絶たないらしい。
「俺、親衛隊の人達みたいに可愛くないからその変態に狙われる事はないと思うんだけど」
「甘い! そりゃもう激甘ケーキの上に砂糖と蜂蜜、更にはチョコレートソースをぶっかけたぐらい甘過ぎだよ! トキちゃん!」
「え、何それすげぇ美味そう」
「……小学生の時もだったけど、トキちゃんってたまーにちょっとズレてるよね」
「そう?」
「うん。でもまぁそんな所も可愛いんだけど……って、そうじゃなくて! 話がズレてる!」
とにかく、俺が思っている程変態は生優しくない。少しでも自分の好みに合えば誰彼構わず近付いて馴れ馴れしく話し掛け、セクハラする隙を虎視眈々と狙っているんだと、しぃ兄はこれでもかと言うほど力説する。
しぃ兄がこんな必死になってまで説明する程凄い変態って、一体どんな奴なんだ。
ちょっと興味もあるが、取り敢えず俺は一人で大浴場には行かないとしぃ兄に約束し、寮の説明の続きをしてもらう事にした。
四階は娯楽施設。
ビリヤードにダーツ、筋トレをするにはありがたいちょっとしたスポーツジム的なものが入っているとの事で、俺の目がキラリと輝く。
体を動かす事が基本的に好きな俺にとって、スポーツジムと言う響きはなんとも魅惑的でそそられる。
……近い内にここだけは絶対に行こう。
そう心の中で自身に誓っていると、しぃ兄がどこか複雑そうな笑顔を浮かべながらこっちを見て、俺の腹部にトンっと軽く人差し指の先を当ててきた。
「しぃ兄?」
「ジムに行くのは、治ってから。ね?」
「っ」
予想していなかったその行動に驚き、俺は歩みを止めしぃ兄の顔を見る。
しぃ兄が言ってるのは、父親と義兄によって俺の体に作られた痣の事だろう。
眉間に皺を寄せ悲しそうに目を伏せている姿に、俺は胸に鋭い痛みを感じながら、しぃ兄には何でもお見通しなんだなぁと努めて冗談めかし、無駄に明るく笑みを浮かべる。
しぃ兄に心配をかけたくないのに、俺は昔から上手く出来ずこういった時いつもしぃ兄を悲しませてばかりだ。
ほんと、情けないったらない。
「こんなのどうって事ないから。大丈夫だって」
「やっぱり、あの人はまたトキちゃんに暴力を振るってたんだね……」
「あー、うん。…………しぃ兄には嘘付きたくないからぶっちゃけるけど、二条に行ってからはそこの義兄にもちょいちょい。って、しぃ……兄?」
義兄の事を言えば余計しぃ兄の心配事が増える。なら黙っていようかと少し悩んたが、遅かれ早かれバレそうな事なので俺は軽いノリを装い義兄の事を口にした。
すると途中から俯き、長めの前髪で隠れていたしぃ兄の目元がゆっくりと、まるでスローモーションを見せられているかの様な動作で持ち上げられる。
そして、寮の天井から柔らかく降り注ぐ照明の光に照らされたしぃ兄のその表情は、さっきまでの悲しげなものでも昔と変わらない優しい笑顔でもなく、全ての表情が削げ落ちたのではないかと思う程別人の様な無表情だった。
翡翠色の瞳はまるで日本刀の刃先が妖しく輝いている様な光を帯びていて、美しいと思うのになぜか恐怖心を煽られる。
視線は俺の方へ向いているのにしぃ兄は全くこっちを見ようとせず、俺越しにどこか遠くを見ていた。
無表情なしぃ兄はその整い過ぎている容姿も相まって、限りなく人に近い、精妙に作られた人形の様に見え、俺は思わず目の前にある綺麗な顔に手を伸ばし両頬を思いっきり引っ張って暗くなっていく一方の空気をぶち壊す。
「ひゃ!? ……ほ、ほひひゃん?」
しぃ兄が何を考えているのかはわからないが、しぃ兄といる時、俺はこんな暗い雰囲気じゃなく一緒に笑っていたい。
……今の様な空気のきっかけを作ってしまうのは大体自分で自業自得なんだけど、そこはまぁ置いておく。
「しぃ兄っ、顔! 顔すっげー恐いから!」
「っ、ご、ごふぇん」
「……別に謝らなくていいよ。ただ、その……笑って、ほしい」
正直言うと、無表情なしぃ兄の迫力に俺はちょとばかり恐怖を感じていた。
だから、しぃ兄の笑顔を見て安心したかった。
抓んでいるしぃ兄の頬をぐいぐいと何回か伸ばしたり縮めたりしていると、少し申し訳なさそうに笑顔を向けてくれたしぃ兄。
その笑顔に安心して、へにゃりと情けなく表情を緩ませながら俺も顔に笑みを浮かべる。
何かあった時、俺はいつもしぃ兄の笑顔を思い出していた。
しぃ兄の笑顔を思い出すと、二条の家に振り回されささくれ立った心も凪いでいき、幸せな気分にさせてくれる。
しぃ兄の笑顔は俺にとって一番の癒しで、安心出来るものだ。
大袈裟だけど、しぃ兄が笑ってくれていたら、俺は何でも出来そうな気がする。
「…………トキちゃん、その表情は、俺以外の人に見せないでね?」
「? しぃに、わっ」
俺の手が止まったのとほぼ同時にしぃ兄の両手が伸びてきて、次に感じたのは大好きな柑橘系の香り。
抱きしめられているんだと理解したのは、しぃ兄が俺の肩に額を擦るように緩く押し付けてくる感触が伝わってから。
早くなる鼓動を抑える為に小さく深呼吸をしながら、俺はしぃ兄の背中をよしよしと撫でつつ、急にどうしたんだよと少し笑いながら問いかける。
「トキちゃんを充電中です。お兄ちゃんはトキちゃんをギューッとしていないと落ち着かないのです」
「なんだそれ。しぃ兄、急に子供っぽくなった」
「こんな俺は嫌い?」
「んなわけないだろ」
むしろ大好きだ。さらりと自然に出かけた言葉を内心慌てながら飲み込んで、俺はやれやれと笑顔を作りしぃ兄の背中を撫で続ける。
本当は頭を撫で、滑らかな金糸の髪にキスの一つや二つ落としたい所だけど、もちろん俺にそんな度胸はない。
ただただしぃ兄が好きだと言う気持ちばかりが積もっていき、胸がきゅっと苦しくなる。
「ねぇトキちゃん」
「ん?」
「……寮の説明、まだ途中だったよね。ごめんね、脱線させちゃって」
「いや、別にしぃ兄が謝る事じゃないだろ? 俺も悪いし」
「ふふっ、やっぱりトキちゃんは優しい子だね。そんな優しいトキちゃんに、お兄ちゃんからちょっとしたお願いがあります」
「……何?」
ほんの一瞬、しぃ兄の目が欲を纏いギラリと光った気がしたが、きっとそれは俺の邪な願望が見せた見間違いだろう。
しぃ兄が俺をそう言う目で見る事は、自分で思ってて悲しいが無いに等しい。
しぃ兄にとって俺は、家族として大切なただの弟なのだから。
それよりも今、目の前でにーっこりと満面の笑みを浮かべているしぃ兄に、俺は本日何度目かわからない嫌な予感をヒシヒシと感じている。
後退しようにも腰をがっちりホールドされているので逃げようがなく、冷や汗が背中を静かに伝っていく。
「はい、これ」
「えっ?」
差し出されたのは、しぃ兄が持っている白くて小さな紙袋。
お願いって言うのは、これを持って欲しいって事なのか? いやいや、そんな馬鹿な……。
まだ何かあるはずだ。そんな事を思いながら、取り敢えず差し出された紙袋を受け取る。
すると突然しぃ兄が少し前に屈みこみ、俺の体ががふわりと宙に浮いた。
「トキちゃんの寮部屋まで、お姫様抱っこで運ばせて?」
「って、ぅおいっ! もうやってんじゃねーか!」
「ふふっ。荷物、しっかり抱えててね? さぁ、しゅっぱーつ!」
「……なんかもう、既に慣れ始めてる自分が恐い」
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