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2にしおりをはさみました!
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とっさに出た言葉だったが、ふと思いついたことがあって、おれは春臣を捜していた。
だが、どこにも見つからない。
そこでようやく、朝に買い物を頼んでいたことを思い出した。
「ついでだし、おれも街に降りるか」
ばったり会えるといいが、と思いながら、おれはこっそり屋敷を抜け出し、街へ向かう道を下っていった。
──我が皇国は、西の国との交易が盛んだ。
この国が穀物や果物が豊富なのに対して、西の国は絹や麻などの織物の産業が発達している。そのおかげで、皇宮に近い市場はわりと賑わっていた。
路に沿うように立ち並ぶ出店を横目に見ながら、おれはとりあえず春臣の姿を捜した。
新しい衣をあつらえるよう頼んでおいたから、いるとしたらこの辺なのだが……
「……おっ」
見つけた。あの後ろ姿は間違いない。
なんとも都合よく見つけられたことが、妙に嬉しく、おれは口元が緩みそうなのをこらえて春臣を追った。
しかし、人の波に押され、なかなか前へ進めない。
しびれを切らしたあげく、おれは叫んだ。
「春臣!」
前をすたすたと歩いていた春臣が、一瞬びくっとなって、振り返った。
目が合った──そう思った直後、人にぶつかって目を離したすきに、春臣の姿は見えなくなっていた。
おれは思いもよらず立ち尽くす。ハッと我に返って、春臣がいた辺りに駆け寄ったが、もうどこにも見当たらなかった。
「……」
おかしい。あいつがおれを無視するはずがない。ましてや、一度目が合ったというのに……
なんとなく嫌な予感がして、おれは周囲に視線を巡らせた。
さっき、あいつはここに立っていたはずだ。
そのまま進めば市場を抜ける。左手には布や糸を売る店がある。隠れられるような隙間はない。右手には、服や毛皮を売る店。それから……
「路地……」
薄暗い路地だ。向こう側へ抜けられる路ではなく、鉄柵の左に更に路がある。
おれはじっと路地の闇を見つめ、やがて足を踏み入れた。
そして、左手に曲がろうとしたときだった。
「ぎゃあぁっ!」
耳に馴染まぬ悲鳴が、ぞわりと皮膚を粟立たせる。
いそいで駆けつけると、そこには、がっしりした体躯の男が三人と、うずくまった男が一人、そして、その男を見下ろして立つ春臣がいた。
その手にはクナイが握られている。血が滴っていた。
「春臣!」
春臣がハッと顔を上げる。
そのすきに、遠巻きに見ていた三人の男たちが、春臣に掴みかかった。
頭に血がのぼる。駆け寄って、その勢いのままひとりにからだをぶつけた。
仲間のひとりが、持っていた短剣を構えて、がたがた震えながらおれに切っ先を向けた。
おれは春臣の足元で悶えている男の懐から短剣を引き抜き、歩いて行って、震えている男の剣を弾き飛ばした。
「ひぃっ……」
情けない声を上げて大男はしりもちをつく。
おれは他の仲間を軽蔑を込めて睨みつけた。
「言っておくが、おれはいま、非常に虫の居所が悪い。
切り刻まれたくなければ、そこでうずくまっている豚を連れて、さっさと消え失せろ!」
男たちは弾かれたように立ち上がり、傷を負った仲間を引きずるようにしながら逃げ去っていく。
おれは短剣を投げ捨て、春臣に駆け寄った。
「春臣!」
よく見ると、春臣の長着の合わせは解かれ、肌着も僅かに乱れている。
おれは壁際に立つ春臣に間近まで詰め寄り、からだを検分した。
「なにかされたのではないだろうな?
怪我はないな。どこに触れられた?」
「殿下、なぜ……」
装いを整えてやりながら、おれはちらと春臣の顔を見やる。
おれの登場に驚いてはいるようだったが、その表情はごく落ち着いているように見えた。
「……よくあるのか、こういうことは?」
「……」
ためらいがちに頷く。おれは深く息をはいた。
どうして、いままで気がつかなかったのだろう。春臣の容姿であれば、こういうことがあるかもしれないことは予測できていたはずだ。
嫌悪感が胸の内にくすぶるのを感じながら、おれは春臣の顔を覗き込んだ。
「なぜ、いままでなにも言わなかった?」
「……申し上げるほどのことではないと判断いたしました」
おれはまたため息をつく。
「今後、おまえひとりで買い物に出すのは避けよう。
必ず侍女を付き添わせる」
春臣はそっとかぶりをふった。
「殿下、その必要はありません。
己の身は己で守れます」
「……しかし」
「殿下が触れてくださるこの身を、他人の穢れた手に晒すようなことは決してしない。わたしは、そう自分自身に誓っております」
まっすぐに見つめてくる視線を受けとめ、おれは、春臣をそっと抱き締めた。
「……すまなかった」
腕の中で、微かに首を横に振る。
情けなくて仕方がなかった。
おれには、大切なものを己の手で守ってやることもできないのか……
「……春臣、おまえは、ずっとおれのものでいてくれるな?」
「あなたが、そう望んでくださる限り」
おれは頷いた。
からだを離し、春臣の肩に手を添える。
「では、春臣、耳飾りを」
春臣の目が丸くなる。息を飲む気配がした。
──この皇国において、耳飾りを付けることは、契りを交わした相手のいることを意味する。
特に夫婦では、二つの耳飾りを一つずつにわけ、女は右に、男は左に付ける。そうして、女は守られるものとして、男は守るものとして、互いへの誓いを表すのである。
女は生娘であることがもっともよいとされ、一度他の男と交わったことのある女とからだを重ねることは、己の身に穢れを移す行為として忌避されるものであった。それゆえ、この皇国には女よりも男に売春させることが多い。召使いを抱えているような、裕福な家の家人であれば、見目のよい若い男の召使いに夜伽の相手をさせることも少なくない。
皇族も例外ではなく、むしろ血統を重んじる身分の高いものほど、それを嗜みとする傾向にあった。
そうして、気に入った者には耳を貫通させる。それによって、己の所有物であるということを他人に示した。
両耳に飾りのある男は、大抵の場合、決まった男の所有物であるというしるしだった。
「おまえのからだに傷を付けることは、おれの本意ではないのだが……
しるしをつけておけば、少しは安心できる。
人のものに手を出すような愚かな輩も、そうおらぬだろう。
おまえは綺麗だから、それでも、馬鹿な人間がちょっかいを出してくるかもしれんが」
おれは苦笑して、春臣の耳朶を指でつまんだ。
「どうかな。嫌か?」
春臣は呆然とおれの顔を見つめていたが、たちまち頬を赤く染め、微かに唇を開いた。
「……おおせの、ままに」
おれは微笑して、春臣の手をとった。
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