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Segregationist
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佐伯が北海道へ出張して12日目。
真白は深刻な佐伯不足に陥っていた。
佐伯がいないのが分かっているのに、つい佐伯がいつもやってくる方へと目をやってしまう。その度に佐伯はいないんだと気付き小さく溜息を吐く。仕事に支障をきたすことはなかったが、とにかく寂しい。自分はこんなにも寂しがり屋だったのかと、自分の知らない、知りたくなかった一面に苦笑する。佐伯と出会わなければこんな思いしなかったのにと思う自分。しかしそれは偽りの自分だ。佐伯と出会わなかったら、今の真白はなかった。毎日、人に馬鹿みたいに気を使い、馬鹿みたいに仕事を増やして回らなくなっていただろう。真尋にも強く言えない弱い真白のままだったろう。そして、人を心から好きになる事を知らなかっただろう。今の自分が強いとは言えないが、嫌いではない。佐伯を好きでいられる自分が好きなのだと真白は思っている。
今日はさほど残業もなく、定時より一時間程度過ぎてから真白は社を後にした。帰る場所は佐伯の家だ。佐伯が留守番を頼むから。真白はそれに従っている体で、佐伯のマンションへ向かう。本当は佐伯が真白を心配しているのはもう真白も分かっている。それについては思う事もあったが、それで佐伯が安心するならば、それでいい。
電車に乗って、佐伯の家のある最寄り駅で降りた。途中で夕食の惣菜でも買おうと、いつも行くスーパーへ足を向けようとした時だった。真白のすぐ脇に、黒塗りの高級車が静かに滑り込み停車した。すると後部座席の窓が開き、一人の男がこちらを見て微笑んだ。その微笑みはどこかで見た事がある…佐伯と似たその微笑みは…
「……え! しゃ、社長!?」
入社式と新入社員歓迎会で見た事がある顔だった。むしろその時以来お目に掛っていない。真白は自分の会社の社長であるから、ちゃんと覚えていた。でも、どうして?真白に緊張が走った。ここは佐伯の家の近くだ。別に佐伯の家の中で会った訳ではないから、変な心配はないだろうが、それでも何かまずい所を見られた気分で真白の背筋に嫌な汗が流れた。
「こんばんは。水上 真白くん? 奇遇だね、こんな所で会うなんてね」
ニコニコと笑いながら話しかけてくる。その笑顔からは真意が読みとれない。奇遇?本当にそうなのだろうか…?佐伯は真白の事を、家族に話したりしているのだろうか…?分からない場合、真白は佐伯との関係を上司と部下として装う。深々と真白は頭を下げ挨拶を返した。
「お疲れ様です。社長に名前を覚えて頂けているなんて、光栄です…」
「せっかく偶然にも出会ったのだし…時間はあるかな? 水上くん」
「…はい。大丈夫です。どのようなご用件でしょうか?」
「これから食事をしにいこうと思っていた所でね。一緒にどうかな?」
「え…よろしいのですか…?」
急な誘いだ。本心は断りたい。でも社長の誘いを無碍には断れない。仕方なく真白は社長の誘いを受ける事になった。それなりの大企業の社長が自分を知っているのも、ここで出会うのも全てが不自然だ。社長は佐伯にとっては父親だ。佐伯の父親が一体何のために自分を食事に誘うのか。真白は恐怖で浮かべている笑みが引きつるのを感じた。それを知ってか知らずか、社長は佐伯と良く似た微笑みを浮かべ、真白を後部座席へ招き入れる。運転席には社長の秘書が座っていた。後ろを振り向き真白に無表情で挨拶をする。その神経質そうな、蛇を思わせるような眼差しに真白は小さく震えるも挨拶を返す。そのまま車はまた滑るように走りだした…
高級なレストランの二人で食事するには広すぎる個室で、真白と佐伯社長は食事をしていた。大きな丸テーブルを挟んで向かい合っての食事は、フランス料理のコースで豪華なものだった。だが真白は緊張でせっかくの料理も砂を噛んでいるように思える。
「…水上くん、ワインは?」
「…はい、頂きます」
真白は赤ワインが苦手だった。偏頭痛の元で、どんなに少量でも次の日は頭痛が出てしまうので避けていた。でも社長の勧めでは断れない。真白はソムリエに赤ワインを注いでもらう。それを一口少しだけ飲む。渋くて美味しいのか良く分からない。でも恐らく高いワインなのだろう。
「なかなか若い人と食事へ行く機会がなくてね…迷惑じゃなかったかな?」
「いえ、とんでもありません。社長とこうして食事をさせて頂けるなんてないことですし」
真白はにっこりと笑った。当然作った笑顔だ。本心ではもう帰りたくてしかたない。早く最後のデザートに漕ぎつけたい。だが、まだメインの肉料理がやっと来たばかりだ。これをやっつけなければ終われない。だが急いで食べる事は出来ない。ナイフとフォークを使って小さく切り、口に運ぶ。
「若いのにテーブルマナーが良く出来ているね? 親御さんの躾がいいのかな?」
「あ、それは…母方の祖父がフランス人でして、フランス料理のシェフをしています。小さい頃に祖父と祖母に教わりました」
真白の祖父はフランス人だが、祖母は日本人だ。真白がまだ幼く、下の子達が生まれていなかった時、留守がちな両親の代わりに祖父と祖母に面倒を見てもらっていたのだ。今もフランスの片田舎で家庭的なフランス料理屋をやっている。
「なるほどね…顔つきが日本人のそれとは、違うと思っていたけれど」
「? そうですか?」
「綺麗な顔をしているよ。七生が好きそうだ」
…今、なんて言った?真白はフリーズしてしまった。社長は微笑みながら真白を見ている。真白は頭が真っ白になってしまった。佐伯は父親に自分との関係をどこまで話しているのだろうか…真白は血の気が引く思いだった。無意識にごくりと唾を飲んだ。
「…私はね、優秀な人材を会社に迎えるのは吝かではないんだよ。どんな肌の色、国籍、性別でもね。ただね…」
この人は、一体、なにを、言いたいの?
「佐伯家には、ちゃんとした日本人以外の血は要らないんだ。そして、同性での婚姻も認めない」
ちゃんとした、日本人? なにそれ?
同性の結婚は認めない?
法律で認められているのに?
この人は、何を、言っているの?
社長との食事が終わり、家まで送ると言われたが、真白は丁重に断った。恐らく。もう頭の中が真っ白で、最後のデザートまでちゃんと漕ぎつけたのかすら覚えていない。
そして、佐伯の家には帰らなかった。
社長の車を見送ったあと、タクシーを拾い、自分のマンションに久しぶりに帰った。呆然としながらトイレへ向かい、先程食べた胃の中にある高級な食事を全部吐いた。全部吐いて胃が空っぽなのに、吐き気が次々と襲う。両手でキリキリと痛む胃を押さえる。胃液も出ないのに胃が痙攣しているのか嗚咽が漏れる。生理現象なのか涙が真白の大きな瞳からポロポロと落ちる。しばらくトイレに籠って胃から何も出なくなった。真白はそのままシャワーを浴びる為よろよろとふらつきながら浴室へ行き、服を脱ぎ捨ててシャワーを頭から浴びる。初めは冷水が出ていた、途中で丁度良い温度に変わったはずなのに真白の体はどんどん体温がなくなっていくようだった。寒くて寒くて、怖くて怖くて、震える体。その体を自分の腕で抱きしめながら、真白はとうとう泣き崩れた。
「…さ、さえき…さん…うぅ…さえきさん…」
真白はただただ泣きながら愛しい人の名を呼び続ける。シャワーの中でかき消されそうな弱々しいその声は、佐伯には届かない。
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