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7月31日side窪田くんにしおりをはさみました!
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7月31日side窪田くん
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あんな噂を気にするなんて、本当にくだらない。
エレベーター前で俺を見つけた時の橘の顔は、俺に嫌なものを思い出させた。
気まずそうな、困惑した表情。
橘の表情に重なったのは、子供の頃のクラスメイト達の顔。
あれは〝拒絶〟する時の顔だ。
面と向かっては何も伝えず、ただ不快なものとして避けようとする時のものだ。
当時のことはもうなんとも思っていないが、橘があんな表情をするなんて思ってもみなかった。
嫌われるようなことをしたのか、心変わりでもしたのか…。
心当たりがなくてもどんどん気になって、橘が逃げるようにエレベーターを降りてしまったのを追いかけずにはいられなかった。
だが問い詰めてみれば、やはり橘は橘だった。
安堵と、少しの怒りと、むず痒さ。
心配して損した。
変な妄想をした自分が嫌だ。
「……」
気を取り直そうと、俺は自分の机の卓上日めくりカレンダーを眺めた。365日、毎日いろんなネコと出会える素晴らしいカレンダーだ。
子猫の写真入りの30日をちぎると、31日はふくふくとした三毛猫が丸くなっていた。
「……」
なんて穏やかな写真なんだ!
日差しを浴びて輝く毛並みと、糸のように細く閉じた瞳。
一気に心が安らいだ。
そんな俺に、背後から同じ部署の春日さんが声をかけてきた。
「おはよう。なに、今日の猫は」
「…三毛猫です」
春日さんは俺より8つ歳上の上司だ。
経営企画に入ってから他部署とのコミュニケーションが必要な場面が増えて、俺は苦戦している。
だがこの人は俺に適切なアドバイスをくれるだけでなく、こうやってたびたび声をかけてくれる。
「三毛猫ってたしか、オス?メス?どっちかしかいないんだよな」
「メスです。でも稀にオスも生まれます」
「ふぅん。飼ってる人って実際いるのかな」
「ネットでは見かけたことがあります。でも高値がついたり繁殖はできないみたいなので、飼っている人はなかなかいないようです」
「繁殖できないんだ?」
「はい。そもそも遺伝子的に…」
知っていることを簡単に話すと、春日さんはうんうんと頷いた。
春日さんは相手の会話の引き出しを探るのが上手い。俺が饒舌になってしまったように、相手の興味を瞬時に見極めて、自然に話題を振る。
そうすれば相手から自然としゃべってくれると、春日さんは教えてくれた。
俺はまだうまく実践できていないのだが。
「ところでロボ田君は今夜、時間ある?」
「……?」
本当なら、俺には大事な用事があった。
日曜の夜のための〝準備〟だ。
「この間さ、経営戦略コンサルの専門家と知り合ってね。君を引き合わせてみたいんだ。良い勉強になるよ」
「……」
この人は俺が成長することを期待していて、たびたび俺を人と引き合わせようとする。
本当は憂鬱なのだが、いざ同行すると必ず収穫があった。
わかりました、と答えようとして口を開きかけた時、何者かが俺が座っている椅子の背もたれを掴んで、後ろに引っ張った。
「……っ」
「飲み会ですか⁈春日さん、俺も誘ってくださいよ!」
「おはよう、夏川」
春日さんは穏やかに挨拶した。
俺は感じの悪い夏川の態度にムッとしたが、夏川は気にした様子もなく、俺と春日さんの間に割って入り、春日さんと雑談し始めた。
「………」
返事はできなかったが、確定事項だ。
これで今夜の予定は変更になった。
俺の当初の予定は、明日の橘との予定をずらしてこなすしかない。
正直、気は進まないが…。
ため息をつきそうになって、おれはこの部署の二つ目の癒しの方へ視線を向けた。
斜め前の机に座る秋元さんだ。
秋元さんは俺より背が低くてふっくらとしている。もともと細いであろう目が肉でさらに細くなり、目尻はツンと上を向いている。
低い鼻に、唇の端がもいつも笑っているようなめくれ方をしていて、俺はこの人の顔を見た瞬間、猫が人間に化けて生活しているみたいだと思った。
俺の視線に気づいた秋元さんが俺に笑いかけた。
俺は会釈して、慌てて俯いた。
あまり見つめては失礼だ。
そして、俺はシャツの上から胃のあたりをさすった。
今日は朝礼のあと、部署内で一番苦手な冬部さんと組んで仕事をしないといけない。
担当分の社内データの回収と分析。
仕事自体は難しくない。むしろ面白い。
だけど、どうしても冬部さんがダメなんだ。
長い1日がはじまる。
はやく、明日になれ。
朝からこんなことを思うなんて。
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