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8月2日のside窪田くん④にしおりをはさみました!
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8月2日のside窪田くん④
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俺は確かに地下鉄に乗ったんだ。
このまま地下鉄で10分運ばれるだけで、橘に会える。
そう思っていた。
そう、思っていたのだが…。
「…………」
交番の壁時計は午後6時を指していた。
古いパイプ椅子は座り直すとギシリと軋む。
そして俺は、赤の他人が自らの過ちで人生を台無しにしたのを目の当たりにして、同時に自分自身も絶望的な気分になっていた。
「お時間とっていただいて、すいませんでしたね。これで以上ですからね。ご協力ありがとうございました!」
「……」
俺はなんとか気持ちを奮い立たせて会釈した。そしてゆっくり立ち上がると、交番を後にした。
俺は確かに、地下鉄に乗ったんだ。
そしてその車両には痴漢がいた。
若い男と中年の男がもめていて、10代の女の子が泣いていた。
痴漢をはたらいたのは若い男の方で、そいつは電車が駅に止まった途端、死に物狂いで逃げ出した。
すぐに俺は中年の男と2人でそいつを追いかけ、改札を出る前に捕まえた。
それだけのはずだったのに。
駅員に言われるまま警察が来るまで待機していたら、事情聴取に付き合わされて、交番で何度も同じ話を繰り返した。
おかげで橘にはまだ会えてない。
「……もしもし」
俺は歩きながら橘に電話した。
「窪田、事情聴取終わったか?」
「終わった。今から行く」
「災難だったな。でも良いことしたな」
橘の声は穏やかで、ささくれた俺の気持ちとは真逆だった。
この時の俺は神経を使ってヘトヘトで、気が立っていた。
いつもならこんなことは思わないし言わなかった。
でも、緊張からの解放と疲労で、俺の判断力は鈍っていた。
「お前は…こんなにすっぽかされて、なんで怒らないんだ」
「そりゃ待つのは嫌だけどさ、こういうのって仕方ないだろ。こっちは適当に過ごしてたから気にすんなよ」
橘は笑っていた。
そして俺はイライラしていた。
自分の行動が八つ当たりだと気づくのはずっと後のことだ。
とにかくはけ口が欲しくて、俺は舌打ちした。
「…どうでもいいんだろ」
「ん?」
「怒ってもらった方がマシだ 」
「そんなこと言うなよ。ほら、待ってるから」
「…………」
「それとも疲れてるなら、また今度にするか?」
俺の苛立ちは、橘なら気付いているはずだ。
だけどこいつはあくまで穏やかで、冷静だ。
会わなくても平気そうな態度と温度差に、俺は何も考えられなくなった。
言っておくが、俺はこんなに自分の感情をコントロール出来なかったことはない。
これはイレギュラーな出来事の連続だったせいだ。
「……お前は今日会えなくても平気なんだな。もういい」
「へ?」
「行かない。今日は振り回して悪かった」
「おい、くぼ…」
俺は橘が言い終わる前に電話を切った。
「……」
くそ。
気分が沈む。
俺はその辺を適当に歩き出した。
橘と会わないときまったら、もうどこへ行っても関係ない。
夕方なのにまだまだ暑く、額から汗が滴り落ちる。
午前中に買ったバングルの紙袋の持ち手が濡れていて、中の箱は無事だが袋は痛んでいた。
「…………」
日付けが変わってすぐに、橘の誕生日を祝いたかった。
1番に祝って、1番にありがとうと言って欲しかったんだ。
だけどそれは俺の自己満足にすぎない。
朝からまっすぐ橘の元へ行っていれば、今日は一日中、橘といることができたのに。
ポケットの中で、スマホが震え続けている。
橘だとわかっているのに、着信に出る気になれなかった。
出たって、どうせ俺はロクなことを喋らないだろう。
自分と橘の温度差がショックだとか、過ぎた時間に憤ったり、疲れていたり。
散々な1日だ。
話せることなんか何もない。
「………………はぁ」
俺は叫びたい代わりに、大きなため息をついた。
知らない道、知らない路地。
でも方角は把握してしまう。
とことん迷った方が、潔くてスッキリしそうなものなのだが。
「……」
このモヤモヤした気持ち。
橘に対する埋め合わせだとか、自分の失態だとか。
そういうのは部屋に帰って、シャワーを浴びて、それから考えよう。
俺はもう一度ため息をついて、無意味にさまようのをやめた。
疲れるだけだ。
全てがバカバカしい。
スマホで現在地を確認すると、ちゃんと道を選んでまっすぐ帰宅した。
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