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10月12日のside窪田くんなりに考えるにしおりをはさみました!
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10月12日のside窪田くんなりに考える
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せめて会社が始まるまでは橘から姿をくらませて、ひとりで状況を整理しようと思っていた。
なのに、だ。
音信普通の俺を、橘は当然のように見つけ出した。
「窪田、おめでとう!」
「……」
今日は年に一度の空手道大会の日で、橘には大会があるとしか告げていなかった。
なのにこいつはネットで会場を調べて試合を観戦し、さらに関係者出入り口で俺を待っていたのだ。
懇親会だの打ち上げだのという面倒ごとをサボろうと、逃げるように控室から出たのに、これではまったく意味がない。
「軽量級個人、優勝!お祝いしないとな。……あと、どうしてお前が急にいなくなって俺を避けるのか、じっくりと聞かないとな?ん?」
そう言って橘は不敵な笑みを浮かべ、驚きすぎて呆然とする俺を引きずるようにして会場から連れ出したのだ。
本当に、この男は最悪だ。
夕飯にはまだ少し早いくらいの時間帯。
会場を離れても、どこもかしこも人で溢れていて、俺と橘は人の流れに沿ってゆっくりと歩いた。
「窪田、もうちょい歩くけど、疲れてないか?」
「…平気だ」
どうして橘は俺以外のヤツと部屋を探しているのだろうか。新婚向きと書かれたメモは、どういう意味なのだろうか。
知りたいけれど、知りたくない。
隣を歩く橘を見上げると、橘はいつもと変わらない様子で歩いている。斜めになった日差しを浴びて、短い髪の毛は薄茶に輝いていた。
俺の視線に気づいた橘は、眉を八の字にして笑った。
「窪田ぁ、せっかく優勝したんだから、もっと明るい顔しろよ。な?」
橘がそっと俺の頬を撫でた。
こいつは俺の表情がわかる数少ない人間のひとりだ。
触れられると、なんだか胸が苦しい…。
「お前は」
「ん?なんだ?」
「……なんでもない」
俺のことを好きじゃないのか?とは聞けない。
ああ、もう、どうしたらいいんだ。
空手の試合会場まで押しかけるくらいだから、橘は俺のことが好きだ。
わかるのにモヤモヤしている。
なんなんだ、これは。
いたたまれない気持ちになって、俺は歩みを止めた。
それと同時に、橘が俺の服の袖を引っ張って指差した。
「あれ?あそこにいるの、秋元さんじゃねぇ?」
「……?」
橘の視線の先を追うと、10メートル先の店の前には、確かに俺と同じ部署の、ネコ顔の秋元さんがいた。
子供を数人連れて買い物をしているようだ。
「子連れかぁ。ちっさくて可愛いな。…声、かけとくか?」
「は?…いや、待て…」
その必要はない、という間もなく、橘はいそいそと秋元さんに近づいていった。
橘は子供達にも手を振っていて、秋元さんの子供達目当てなのがすぐに分かった。
「お疲れ様です!」
橘はあっけらかんとして秋元さんに呼びかけた。
秋元さんもつり上がった糸目を少し見開き、すぐに招き猫のような笑顔になって挨拶を返した。
だが、俺に気づくとその笑顔は困った顔に変わった。秋元さんにとって今の俺は部署内の空気を悪くする厄介者なのだ。
「みんな秋元さん似なんですね!ヤベェ、可愛い!お兄ちゃんはお父さんと同じ会社で働いてるんだよ〜。みんな、何歳なの?」
空気を読まない橘は、ガンガン子供達に話しかける。
ネコ顔の子供達の方も、恥ずかしがりながらも橘に興味津々だ。
「橘くんは子供好き?」
「大好きですよ!親戚の子供に会う時も、俺が遊んでもらってるみたいになるんですよ。秋元さんちは6人兄弟ですか?にぎやかそうですね」
「……」
橘とネコ顔の子供達が戯れる姿を、俺はジッと眺めていた。
橘はしゃがみこんで子供達と目線を合わせながら、満面の笑みで話しかけている。
靴のまま背中によじ登られてもそっと支えてやるし、警戒していた一番ちびっこいのも、あっという間に笑わせて懐かせる。
子供嫌いな俺とは大違いだ。
「お兄ちゃん」
不意に服の袖を引っ張られて、俺は見下ろした。
そこには、以前迷子になって俺がピザを食わせたことのある、秋元さんの5歳になる長女がいた。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
続けて何か声をかけてやろうと思うのに、何も浮かばない。
ネコ顔の長女はそれでもジッと俺を見上げ、言葉を待っているようだ。
他の子供達はみんな橘にまとわりついているというのに、なんと奇特な子供なんだろう。
「………………元気か?」
ようやく思いついた言葉を吐き出すと、ネコ顔の長女はパッと顔を輝かせて頷いた。
「元気だよ!」
「…………そうか」
もう少し何か話してみようかと思った時、秋元さんが大きな声で遮った。
「みんな、ママが待ってるよ!帰ろう!!」
「はぁい」
長女は秋元さんと俺の顔を交互に見て、俺に手を振ると秋元さんの側に駆け寄った。
秋元さんは会社にいる時みたいに、俺を一切見ない。橘にまとわりつく子供達を引き剥がしながら、橘に挨拶をして去っていった。
「………………」
「すげぇな。奥さん妊娠中だろ?秋元さんって超育メンなんだな」
言いながら、橘の顔はデレデレになっていた。
「……子供、そんなに好きか」
「おう、好きだぞ。どんな悪ガキでも無条件に可愛いよな。あ、窪田は?」
「苦手だ」
「マジか。まぁ、窪田は人付き合い全般が苦手だもんなぁ」
橘はそう言って俺の頭を撫ではじめた。
「子供扱いか」
「へっ?あ、違う違う。お前のことは〝特別扱い〟」
「………………」
「おいおい無反応か?それはそれで、こっちは恥ずかしいんだけど?」
「………………」
「おーい、窪田?」
この時俺は、超高速で考えた。
橘が俺以外の男と同棲するわけがない。
するとしたら女だ。
女なら、許せる。
女は仕方がない。
「………………」
だけど。
…だけど!
……だけど!!
「………お前の部屋だ」
「へっ?」
「橘、俺は優勝祝いなどいらん。なぜなら、俺はこの大会で毎年優勝しているからだ。それよりもお前の部屋に行くぞ。夕飯なんてどうでもいい」
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