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094 逃亡にしおりをはさみました!
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094 逃亡
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「イズミ、下がれ!!」
急に中庭に入ってきた男たち。
聞いたことのないようなギルトの叫び声と共に、静寂を保っていた空間が、いっきに喧騒へと変わる。
何が起こっているかわからなくて足がすくんだ。
「イズミ、見るな!!」
抜かれた剣。
(なんで……)
サディが抜いた剣を見て、思わず後ずさる。
「逃がすか!! 水神ぃいい!!」
雪崩れ込む巨体。
肌で感じる敵意。
男たちの絶叫。
そして、噴水の様に噴き出る血液の、鮮やかな赤――――
「ひっ……!!!」
僕に突進してきた男に、サディが剣を振り下ろしたのだ。
(死んだ……? 人が……こんな、一瞬で……)
鼻をつく、生臭い鉄の香り。
初めて見る光景は現実味を帯びていない。
それでも、毒々しいまでの赤が、瞼に焼きついた。
「サディ……ギルト……」
吐き気を誘う血の臭い。
絶叫と怒号。
体験したことのない恐怖で身体が強張った。
「っ……」
「イズミ、逃げろ!」
呆然と立ち尽くしたままの僕に、ギルトの叫び声が届く。
(逃げる……)
西塔から?
彼らから?
足枷の鎖は……ぬかるんだ土の上に落ちている。
(逃げ……られる……?)
ここは外で、シトがいて……。
(この城から……ハリルから……逃げられる)
こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。
「サディっ! ギルトっ! ごめんっ! 僕、逃げるからっ」
泣き叫ぶように、そう告げる。
「イズミ駄目だ! そっちじゃない!」
「イズミ!」
二人の制止する声を背に、必死に走る。
ぬかるんだ土、裾の長い服、そして足枷。
逃亡には決して向かない状況だった。
中庭にあった小さな小屋の陰に隠れ、小声であの子の名前を呼ぶ。
「シト!」
待っていたかのように、直ぐに現れる妖獣。
この子をこんな間近で見るのは、初めて出会った日以来だった。
でも、急がなければ……。
「ごめんシト! ここから逃げ出したいの!」
触れたシトの体は、ヒンヤリとしていた。
金属がぶつかり合う、けたたましい音はなおも鳴り響く。
「ぁ……」
(サディ、ギルト……)
二人を置いて逃げようとしていることに、強い罪悪感を感じた。
(大丈夫で……二人とも、強いみたいだし……)
先程サディより遥かに大きい男が、あっという間に地に伏せたではないか。
(ああ……でも…………)
「や……やっぱりシト……屋根の上に僕を連れてって……」
二人の無事を確認するまで、逃げられない。
僕が水神だと信じて……彼らはずっと、僕を守ってくれていたのだ。
「こっ……こわっ……」
シトの首にしがみつき、浮上する。
ほんの数秒ほどの飛行ですら、恐ろしいと感じてしまう。
(やっぱり、高いところダメかも……)
以前ハリルの妖獣バルシェットと共に、この国の上空を飛行した時……あの時下を見下ろしても平気だったから、てっきり高さへの恐怖は克服できているかと思った。
だから……シトの力を借りて逃げることもできるかと思った。
……でも、それは難しいかもしれない。
「ありがと……」
屋根の上に、ゆっくり降ろされる。
思ったよりも足場が安定しなく、フラついて転ばないよう、グッと足に力を込める。
「シト、隠れてて……」
シトにそう促し、下を見やる。
(サディと、ギルトは……)
――――一瞬、高さで目眩がした。
(我慢だ……我慢)
自分を奮い立たせ、戦いの行く末を見守る。
見下ろす地面に飛び散る、大量の赤い血……全身の毛が逆立った。
「クソッ! 水神が逃げるぞ!! 化け物め!! !」
「!!」
屋根の上に乗った僕の姿を見て、サディと剣を交えていた男が叫んだ。
(化け物……)
心が、震えた。
(僕は、一体何なのだろう……)
「サディ! とっとと終わらすぞ!」
沢山いた男たちも、残り二人。
ギルトやサディに怪我をして欲しくないが、たとえ悪い奴らとはいえ、人が死ぬのは見たくなかった。
――――激しい怒号。
――――飛び散る血吹雪。
(もう、充分だ……)
「シト……行こう……」
力の差は、歴然だった。
あれだけ粗暴な沢山の男たちが、あっという間に全て地に這ったのだ。
目を瞑り、シトの背に捕まる。
再び襲い来る浮遊感。
逃げ出した開放感も、安堵感も何もない。
罪悪感と、追われる恐怖。
途方もない不安。
そして、後悔だけが渦巻いていた。
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